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超長寿社会で死ねない時代
徳間書店 島田裕巳
ソーシャルディスタンス時代の終活とは…日本にどこまでできる?理想の人生の終わらせ方。田嶋陽子氏と、死への心がまえ対談を収録。
コロナ・ウイルスで否応なく生命のリスクを感じ始めた「ねぇ、安楽死の本を書いてくれない?」安楽死とは何かスイスにおける自殺幇助オランダにおける安楽死日本の安楽死他に手段はないのか信仰としての死こうすれば安楽死ができる対談 田嶋陽子×島田裕巳―雑な男はいい死に方をしないお葬式もお墓もなにもいらない私の主張をようやく社会が理解し始めた(田島)間違いだらけの日本男社会会社主体が男女の生き方を規定するすぐ死ねずに晩節を汚す男たち自分の死を意識しだす年齢も高齢化女を奴隷に留めておく男はいい死に方をしない自然に食事ができなくなるのがいい人間の寿命は人間が決める時代自分の人生は自分でケリをつけたい自分の死を楽しく語らなければダメいい死に方は、結局、いい生き方死ぬまで続けられる仕事をどう見つけるか
新型コロナ・ウイルスの感染が世界的に広がり、多くの感染者、死者を出しています。それは、社会全体に影響を与え、日常の生活を円滑に営めない状況にまで至っています。外出もままならない状態のなかで、「コロナうつ(コロナ・ブルー)」といったことも叫ばれています。陰鬱な気分が世界全体を多い、出口のない不安が、人々のこころを蝕んでいます。世界中の人々が精神的にも追い込まれています。さらには、経済の問題もあります。停滞した経済をこれからどうしていけばいいのか。政治家も専門家も、これまでに経験したことのない事態に戸惑い、的確な解決の糸口を見いだせていないようにも感じられます。なにより、感染症の拡大は、私たちに、「死」ということをつきつけました。平均寿命が伸び、人生一〇〇年時代と言われるほどの超長寿社会が訪れた日本で、私たちは次第に、自分たちが死ぬということを切実な問題として感じなくなってきたような気がします。人がいつか死ぬのは絶対の真実です。死なない人はいません。しかし、多くの人が長生きをするようになった現代では、死が自分の身近に迫っているという思いを抱くことはほとんどなくなってきました。癌でさえ、最近では不治の病ではなくなっています。 そこに、コロナ・ウイルスの流行という事態が起こり、私たちは改めて「死」に直面することになったのです。「メメント・モリ」というラテン語がありますが、これは「死を忘れるな」を意味します。まさに今の私たちは、このことばの意味するところをかみしめているのではないでしょうか。コロナ・ウイルスに感染して死にたくはない。皆そう思っていることでしょう。では、私たちはどのような死を理想と考えているのでしょうか。いかなる最期を迎えたいと思っているのでしょうか。死は、いつ訪れるかわかりません。いきなりそれが訪れ、私たちの人生はそこで終わってしまうかもしれないのです。それは理不尽だという思いが、私たちのなかにはあります。人生の最期は自分で決めたい。それは、「死ぬ自由」ということかもしれません。私たちは、人類の長い歴史のなかで、さまざまな自由を勝ち取ってきました。死ぬ自由は、その最後の関門となった私たちに迫っています。死ぬ自由ということで浮上してくるのが、「安楽死」という選択肢です。(本文より抜粋)
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又吉直樹
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[BOOKデータベースより]
ソーシャルディスタンス時代の終活とは…日本にどこまでできる?理想の人生の終わらせ方。田嶋陽子氏と、死への心がまえ対談を収録。
コロナ・ウイルスで否応なく生命のリスクを感じ始めた
[日販商品データベースより]「ねぇ、安楽死の本を書いてくれない?」
安楽死とは何か
スイスにおける自殺幇助
オランダにおける安楽死
日本の安楽死
他に手段はないのか
信仰としての死
こうすれば安楽死ができる
対談 田嶋陽子×島田裕巳―雑な男はいい死に方をしない
お葬式もお墓もなにもいらない
私の主張をようやく社会が理解し始めた(田島)
間違いだらけの日本男社会
会社主体が男女の生き方を規定する
すぐ死ねずに晩節を汚す男たち
自分の死を意識しだす年齢も高齢化
女を奴隷に留めておく男はいい死に方をしない
自然に食事ができなくなるのがいい
人間の寿命は人間が決める時代
自分の人生は自分でケリをつけたい
自分の死を楽しく語らなければダメ
いい死に方は、結局、いい生き方
死ぬまで続けられる仕事をどう見つけるか
新型コロナ・ウイルスの感染が世界的に広がり、多くの感染者、死者を出しています。それは、社会全体に影響を与え、日常の生活を円滑に営めない状況にまで至っています。
外出もままならない状態のなかで、「コロナうつ(コロナ・ブルー)」といったことも叫ばれています。陰鬱な気分が世界全体を多い、出口のない不安が、人々のこころを蝕んでいます。世界中の人々が精神的にも追い込まれています。
さらには、経済の問題もあります。停滞した経済をこれからどうしていけばいいのか。政治家も専門家も、これまでに経験したことのない事態に戸惑い、的確な解決の糸口を見いだせていないようにも感じられます。
なにより、感染症の拡大は、私たちに、「死」ということをつきつけました。
平均寿命が伸び、人生一〇〇年時代と言われるほどの超長寿社会が訪れた日本で、私たちは次第に、自分たちが死ぬということを切実な問題として感じなくなってきたような気がします。
人がいつか死ぬのは絶対の真実です。死なない人はいません。
しかし、多くの人が長生きをするようになった現代では、死が自分の身近に迫っているという思いを抱くことはほとんどなくなってきました。癌でさえ、最近では不治の病ではなくなっています。
そこに、コロナ・ウイルスの流行という事態が起こり、私たちは改めて「死」に直面することになったのです。
「メメント・モリ」というラテン語がありますが、これは「死を忘れるな」を意味します。まさに今の私たちは、このことばの意味するところをかみしめているのではないでしょうか。
コロナ・ウイルスに感染して死にたくはない。
皆そう思っていることでしょう。
では、私たちはどのような死を理想と考えているのでしょうか。いかなる最期を迎えたいと思っているのでしょうか。
死は、いつ訪れるかわかりません。いきなりそれが訪れ、私たちの人生はそこで終わってしまうかもしれないのです。
それは理不尽だという思いが、私たちのなかにはあります。
人生の最期は自分で決めたい。
それは、「死ぬ自由」ということかもしれません。
私たちは、人類の長い歴史のなかで、さまざまな自由を勝ち取ってきました。死ぬ自由は、その最後の関門となった私たちに迫っています。
死ぬ自由ということで浮上してくるのが、「安楽死」という選択肢です。(本文より抜粋)