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[BOOKデータベースより]
戦時期において、表現者であるとはどういうことだったのか。「この歌を聴いて、どのくらいの人が戦争に行ったのかなあ…」、「こういう歌を歌っていた自分は、いわば『戦犯』なのですよ」。『兵隊さん御苦労さん』をうたった時、矢田は9歳だった―。
1 プロローグ
[日販商品データベースより]2 戦時童謡歌手・矢田稔
3 戦時期のデビュー
4 音楽界の戦争協力
5 天才少女歌手・高橋祐子
6 戦争にささげられた歌
7 歌手引退と敗戦
8 新聞紙上の「楽壇戦犯論争」
9 音楽家たちの戦後
10 戦後に芽生えた「戦犯」意識
11 エピローグ
「やっぱりねえ、こういう歌を歌っていた自分は、前にも申し上げたように、いわば『戦犯』なのですよ」
矢田稔は9歳でレコードデビュー。
「兵隊さん 御苦労さん 雨の降る日も風の夜も」と歌い、結果として、自分が歌ったことで人びとを戦争に駆り立ててしまったという強い自責の念に駆られ戦後を歩んできた。
歌が心理的に与える効果は大きい。心を揺さぶるからこそ、戦前、戦時期は、大衆を扇動して戦争を遂行する道具とされた不幸な過去を持っている。音楽が戦争とどのようにかかわっていたかは、アカデミズムの世界ではさまざまな考察が進んでいる。戦時下において、音楽や芸能がどのように「下からの熱狂」を支えていたのか。希少な男児童謡歌手として、また俳優として戦時中に芸能活動をしてきた矢田稔の半生を中心に、戦時下において表現者であるとはどういうことだったのかを考える。