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[BOOKデータベースより]
私が死ぬとき、私は新しい“いま”に直面する!“死”とは“無”なのか“永遠”か。「死」を探究して50年。古稀を迎えたカント哲学者が、哲学的思索の到達点へと誘う。
第1章 古稀を迎えて(「死」を見すえ続ける;一七年間の惑いの年 ほか)
[日販商品データベースより]第2章 世界は実在しない(仮の世;世界は「観念」である ほか)
第3章 不在としての「私」(客観的世界と私;思考する私の起源 ほか)
第4章 私が死ぬということ(「死」より重要な問題はない;「無」という名の有 ほか)
私が住んでいる世界、私が見ている世界は「このようにある」のではない。
客観的世界のあり方と、「私がある」というあり方はまったく異なるのだ。
「私がある」とは、私がこの世界には属さないということである。
では私が死ぬ、とは果たしてどういうことなのか?
私が死ぬとき、私は新しい〈いま〉に直面する――。
子どものころから死とは何かを問い続けてきたカント哲学者が、
古希を迎えて改めて大難題に挑んだ哲学的思索。
はじめに
1章:古希を迎えて
2章:世界は実在しない
3章:不在としての私
4章:私が死ぬということ