- まなざしの記憶
-
- 価格
- 968円(本体880円+税)
- 発行年月
- 2016年04月
- 判型
- 文庫
- ISBN
- 9784044000837
[BOOKデータベースより]
未知の思考の地平を切りひらく“試み”として、エッセイという表現方法に早くから取り組み、臨床哲学の立場からやわらかな思索を繰り広げてきた哲学者・鷲田清一。そのアフォリズムにあふれる文章に、「UEDA‐CHO(植田調)」と呼ばれる演出写真で世界的にも高く評価される写真家・植田正治の写真を配して構成。鷲田哲学と、まるで音楽を奏でるような不思議な魅力を放つ写真世界とが「対話」し交響する、珠玉の哲学エッセイ。
1 顔
2 跡
3 肌理
4 空
5 間
6 距離
「折々のことば」の著者として、なにげない表現や言葉を新鮮な視覚から読み解き、日々人生を考えるヒントを与えてくれている哲学者・鷲田清一。一方、「UEDA-CHO(植田調)」と称されて、その演出写真が再評価されている世界的写真家・植田正治。本書は、その写真の「まなざし」に深く傾倒し、自らの臨床哲学に通底する思考と共振する数々の写真をそれぞれのエッセイに配し、それらが相乗的に交響して新境地を拓いたフォトエッセイ集です。鷲田清一の「やさしい哲学」は、以下のような文章から成っています。
時が翔ぶ。場所が翔ぶ。まなざしを翼にして。
わたしがほんとうに〈わたし〉を意識するのは、他人にまなざされ、言葉を差し向けられること、つまりは他人の意識の宛先としてである。
じぶんの顔はじぶんでは見えない。本質的に顔は関係のなかにあるのであって、けっしてそれだけで自足している存在ではない。
写真はさまざまな距離を置いて、ひとに、物に向かう。写真にはどうしても隔たりというものが要る。だから、砂丘のように遠近をとりにくい空間にひとや物を置くと、いきおい関係が並列されて、すべてのひとと物が等価になる。
それにしても、ここに立ち現れる《リアリズムの抽象力》とでも呼ぶべきものは、いったい何に触れようとしているのだろう。写真は時間を遮断するが、そのことで立ち上がってくる存在感情とはどのようなものなのだろう。
「癒されたい症候群」という流行がある。みんななにかに癒されたいとおもっていることじたいがひとつのシンドロームになっている。……癒すのではなく、癒してほしい。信じるのではなく、信じさせてほしい。愛するのではなく、愛してほしいのでもなくて、愛させてほしい…。受け身のきわみである。
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