[BOOKデータベースより]
私たちの“顔”を見ているのは誰なのか?監視社会に狙い撃ちされる“顔”、キャラクター化して浮遊する“顔”、自己証明のパスワードとしての“顔”、私たちの見ている“顔”は誰のものなのか?他者と私、社会と私を繋ぎ、私を私自身たらしめてきた“私の顔”。それがいま、自らの居場所を失っている。
序章 顔の世紀
第1章 文字と顔
第2章 キャラクターの遊戯
第3章 メディアと情動
第4章 美術館のドストエフスキー
第5章 顔が消える
第6章 身振り
終章 私たちの顔はどこにあるのか
従来、生と死や人間の原罪意識のような大きなテーマで解釈、読み直しされることが多かったドストエフスキーの『白痴』を、本書の著者は、表象文化論的な手法を使い、「顔」の小説として読み込むという大胆な試みに挑んだ。その出発点には、顔認証における強制的な監視の時代、スマートフォンなど最先端技術による顔の情報化などの現代的関心がある。「顔」と声や文字との関係、「顔」のクローズアップによる情動の問題、「顔の持つ個性」への問いかけ等、『白痴』をベースにしながら、美術、写真、映画など多くの芸術領域を横断して思考を飛翔させる。