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[BOOKデータベースより]
日本人はあの戦争で何を学んだのか。太平洋戦争下の日本の惨状を冷徹な眼で書き残した清沢洌の言葉が76年の時を超えてコロナ禍の日本人に問いかける!後世に残したい隠れた名著×読みやすい現代語訳×詳細な解説!
序章 暗黒日記の前史
第1章 昭和十七年十二月〜昭和十八年十二月―日本はなぜ勝ち目のない戦争に突っ込んでいったのか
第2章 昭和十九年一月〜九月―政治の強権化と情報統制に逆らえないメディア
第3章 昭和十九年十月〜昭和二十年五月―現実とかけはなれた銃後の国民意識
終章 暗黒日記の後の日本
大東亜戦争は非常なる興亡の大戦争である。筆を持つ者が、後世のために、何らかの筆跡を残すことは、その義務である。すなわち書いたことのない日記をここに始める。将来、大東亜外交史の資料とするためである。神よ、日本を救え。
昭和十八年十月一日 清沢 洌
***
日本人はもう二度と戦争などするはずがない。恐らく日本人のほとんどはそう考えているだろう。しかし、その確信は極めて頼りない、むしろ大きな勘違いであることは、清沢洌の『暗黒日記』を読めばわかるはずだ。
清沢の日記に綴られている戦時下の日本人とその社会の姿は、驚くほど現代と似ている。まるで我々の現在のありさまが清沢に見透かされていたかのようだ。相手変われど主変わらずというが、何かひとつきっかけを得たならば、日本人はたちどころに、戦前のような好戦的な国民になってしまいかねないという危惧さえ覚えずにはいられない。
戦争というのは、どこまで行っても手段のはずだ。それも非常手段だ。目的ではない。にもかかわらず、戦時日本では、いつの間にか手段であるはずの戦争が目的となってしまった。
なぜ我々は、いや権力者は、殺し合いの決断をしてしまったのか。なぜ我々は戦争国、神の国日本への橋を渡ってしまったのか。なぜ300万人を超える犠牲者を出すまで戦争をやめることができなかったのか。そして、今の我々日本人のどこがその後変わったと言うのだろうか。問題の答えも、また『暗黒日記』の中にある。――はじめにより