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祥伝社新書 727
祥伝社 勅使川原真衣
点
「頭がいい」「シゴデキ」「気が利く」「主体性がある」―こうした言葉で、勉強、仕事、生き方までもが他者からの評価に晒され、生きづらさが増す現代社会。その背景には「能力主義」がある。それは「能力」を個人の資質や努力の結果だと考え、能力があり優秀な人が、多くを得ることを正当化してきた仕組みだ。著者は外資コンサルティングファーム勤務を経て独立し、脱・能力主義を提唱する、気鋭の組織開発者。本書は「頭がいい」という言葉の曖昧さを手がかりに、競争と自己責任が生み出す生きづらさの正体を暴き、ポスト能力主義への道筋と、本当の知性を提示する。評価の呪縛から距離を取り、人や自分を見る眼が変わる一冊。
第1章 「頭がいい」本ブームの正体(「頭がいい」ってどういうこと?;勤勉さと真面目は似て非なるもの ほか)第2章 曖昧すぎる「頭がいい」の定義(変わり続ける「頭がいい」の定義;「コンピテンシー」はハイパフォーマーとのそっくり指数 ほか)第3章 「頭がいい」論の罠―「能力」信奉が招いた生きづらさ(成果主義よりも年功序列を望む若手が増えた;「頭がいい」は過去への評価 ほか)第4章 「頭がいい」の呪縛をほどく―ポスト能力主義へ(「頭が悪い」が覆い隠しているもの;性格診断はなぜ支持されるのか ほか)
「頭がいい」とは、いったい何を指す言葉なのか。成績がいいこと? 仕事ができること? 地頭がいいこと? 空気が読めること? 主体性があること?私たちは学校から職場、さらには私生活に至るまで、無意識のうちに「頭がいい/悪い」という尺度で人を測り、また自分自身も測られてきました。いまや、書店には「頭がいい人の○○術」のように、「頭がいい」をタイトルに冠する本が氾濫しています。この曖昧で便利な言葉が広く使われるようになった背景には、〈能力主義〉の存在があります。能力主義とは、「能力」を個人の資質や努力の結果とみなし、優れた者が多くを得ることを正当化する考え方です。しかし現実には、運や環境、偶然といった要素までもが「能力」に回収され、「評価に晒され続けること」が当たり前になった社会は、多くの人に生きづらさをもたらしています。外資系コンサルティングファーム勤務を経て独立した著者は、「頭がいい」という言葉の曖昧さを手がかりに、能力主義が生む生きづらさの構造を解きほぐしていきます。■「頭がいい」子に育てたい、という親の願いは正義なのか。■「私、頭が悪いので」という前置きに込められた意味とは。■「頭がいい」は、本当に〈良い〉ことなのか。評価に振り回されずに生きるための、ポスト能力主義の思考を提示します。【目次(抜粋)】第1章 「頭がいい」本ブームの正体第2章 曖昧すぎる「頭がいい」の定義第3章 「頭がいい」論の罠――「能力」信奉が招いた生きづらさ第4章 「頭がいい」の呪縛をほどく――ポスト能力主義へ競争から共創へ、「頭がいい」を再定義するおわりに
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1位
又吉直樹
価格:1,320円(本体1,200円+税)
【2015年03月発売】
一覧を見る
[BOOKデータベースより]
「頭がいい」「シゴデキ」「気が利く」「主体性がある」―こうした言葉で、勉強、仕事、生き方までもが他者からの評価に晒され、生きづらさが増す現代社会。その背景には「能力主義」がある。それは「能力」を個人の資質や努力の結果だと考え、能力があり優秀な人が、多くを得ることを正当化してきた仕組みだ。著者は外資コンサルティングファーム勤務を経て独立し、脱・能力主義を提唱する、気鋭の組織開発者。本書は「頭がいい」という言葉の曖昧さを手がかりに、競争と自己責任が生み出す生きづらさの正体を暴き、ポスト能力主義への道筋と、本当の知性を提示する。評価の呪縛から距離を取り、人や自分を見る眼が変わる一冊。
第1章 「頭がいい」本ブームの正体(「頭がいい」ってどういうこと?;勤勉さと真面目は似て非なるもの ほか)
[日販商品データベースより]第2章 曖昧すぎる「頭がいい」の定義(変わり続ける「頭がいい」の定義;「コンピテンシー」はハイパフォーマーとのそっくり指数 ほか)
第3章 「頭がいい」論の罠―「能力」信奉が招いた生きづらさ(成果主義よりも年功序列を望む若手が増えた;「頭がいい」は過去への評価 ほか)
第4章 「頭がいい」の呪縛をほどく―ポスト能力主義へ(「頭が悪い」が覆い隠しているもの;性格診断はなぜ支持されるのか ほか)
「頭がいい」とは、いったい何を指す言葉なのか。
成績がいいこと? 仕事ができること? 地頭がいいこと? 空気が読めること? 主体性があること?
私たちは学校から職場、さらには私生活に至るまで、無意識のうちに「頭がいい/悪い」という尺度で人を測り、また自分自身も測られてきました。
いまや、書店には「頭がいい人の○○術」のように、「頭がいい」をタイトルに冠する本が氾濫しています。
この曖昧で便利な言葉が広く使われるようになった背景には、〈能力主義〉の存在があります。
能力主義とは、「能力」を個人の資質や努力の結果とみなし、優れた者が多くを得ることを正当化する考え方です。しかし現実には、運や環境、偶然といった要素までもが「能力」に回収され、「評価に晒され続けること」が当たり前になった社会は、多くの人に生きづらさをもたらしています。
外資系コンサルティングファーム勤務を経て独立した著者は、「頭がいい」という言葉の曖昧さを手がかりに、能力主義が生む生きづらさの構造を解きほぐしていきます。
■「頭がいい」子に育てたい、という親の願いは正義なのか。
■「私、頭が悪いので」という前置きに込められた意味とは。
■「頭がいい」は、本当に〈良い〉ことなのか。
評価に振り回されずに生きるための、ポスト能力主義の思考を提示します。
【目次(抜粋)】
第1章 「頭がいい」本ブームの正体
第2章 曖昧すぎる「頭がいい」の定義
第3章 「頭がいい」論の罠――「能力」信奉が招いた生きづらさ
第4章 「頭がいい」の呪縛をほどく――ポスト能力主義へ
競争から共創へ、「頭がいい」を再定義する
おわりに