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[日販商品データベースより]
松下幸之助の幼年期には多くの謎があった。
五才の頃、父が経営していた本町の下駄屋がどこにあったのか。病弱であったが小学校へ行かず、約一年半近くも小学校の近くの裏長屋で何もせず、本当に過ごすことが可能なのか。そして、何よりも下駄屋閉店後、一時期移り住んだとされる裏長屋がどこにあったのか。ずいぶんと歳月をかけ、謎をつきとめ、この小説を上梓することになったが、完成までもう少しの所で腰部背柱管狭窄症になり、椎弓切除手術を受けることになった。手術室に入って、点滴麻酔で意識がバサーと途切れ、それからほんの数秒たって、頬をたたかれた。今から始まるんだろうと思った。けれども、もう時間が四時間余り過ぎ、当然その間の記憶と意識は喪失した。たぶん人間の死というものは、このようなものだろうと切実に実感した。手術の次の日の昼前、青年医師と理学療法士が病室に来て、すぐ歩けますかと聞いてきた。頭上には各種点滴とベッドの下には尿道から膀胱まで細い管が入り、尿を下で受けているし、背中の間へ椎弓の骨を削った所へドロドロの血液を抜く管が入り、またそれも下の入れ物で取っている状態だった。
「じゃ、全部抜いてー」と、私は答えた。
青年医師は少し考えたあと、うなずいた。
和歌山日赤病院の看護学生と理学療法士三人で、一周二百メートルの三角形の白い回廊を、歩行器を頼りにゆっくり歩いた。それを契機に毎日十周は歩いた。だから、肉体的回復が早かったと思われる。
和歌山日赤病院の十階ティールームの窓に、早朝の柔らかい光が射し込む中、川面が鉛色に見える紀ノ川の向こう、幾何学的模様のような新日鉄住金の高炉と赤白の鉢巻きをした、十数本の煙突群を含む建屋や、モヤーとした海の空間を背景にうっすらと顔を覗かす淡路島と四国を眺めては、入院中、この小説の最終調整を含めて添削していた。
その作業を終えた時は、肩の荷を下ろす安堵感よりも、これでこの作品と真摯に向き合って、もう戦うことができない。手元から離れていく一種の寂寥感みたいなものが私の中にひろがっていた。そして、そのような複雑な気持ちを持ちつつ、手術後、二週間で退院し、一日置いて親戚が北谷町に良い温泉があるというので、すぐに沖縄に飛んだ。