この商品をご覧のお客様は、こんな商品もチェックしています。
- 演劇とメディアの20世紀
-
価格:5,060円(本体4,600円+税)
【2020年07月発売】
- ロスト・イン・パンデミック
-
価格:1,980円(本体1,800円+税)
【2021年06月発売】
- やっぱり悲劇だった
-
価格:3,080円(本体2,800円+税)
【2019年03月発売】
- 乙女文楽
-
価格:2,860円(本体2,600円+税)
【2023年03月発売】


























[BOOKデータベースより]
震災はいかに劇場で表現されてきたか。震災以前の作品はいかに〈震災演劇〉として再発見されたか。演劇は〈3・11〉をいかに未来に伝えうるのか。演劇を媒介として、震災をめぐる記憶―いずれ形を変えたり失われたりしてしまうかもしれない個別の記憶とさまざまな記録とのあいだを漂泊した思考の軌跡。
序 揺れ動いた社会と演劇―東日本大震災をめぐる表現の地平
[日販商品データベースより]第一部 震災直後の世界(二〇一一年の演劇ジャーナリズム―何がとりあげられ、何がとりあげられなかったのか;震災後最初期作品が接続する時間と言葉―三条会版『失われた時を求めて』)
第二部 再発見される演劇(被災地を巡る演劇―劇団四季『ユタと不思議な仲間たち』;再発見される〈原発演劇〉―青年劇場『臨界幻想』と『臨界幻想2011』;人びとは井上ひさしに何を求めたのか―東北・反核・ユートピア)
第三部 高校生たちの声を聴く(福島の高校生による演劇―〈被災現地〉から考えること;少女たちの声が聞こえているか―福島県立相馬高校放送局の震災後の活動;喪失の向こう側を探す時間―福島県立いわき総合高校総合学科第十五期生アトリエ公演『失われた時を与えて』(附・上演台本))
結びに代えて
付篇 震災関連演劇上演年譜稿―2011.3.11‐2013.12.31
東日本大震災はいかに演劇で表現されてきたのか。
2011年から2013年まで、震災発生からの3年間は、演劇にとってどのような時間で、そこで生み出された演劇は何を表現し、それはいかなる営みだったか。社会にとって演劇はどのような役割を担いえたのか。研究や批評は、それら表現をどのように捉えてきたのか。
演劇という窓から世界を覗き見て、時に身を乗り出して、そこから出て行こうとしながら、思索を止めないようにしてきた著者による、震災演劇論。
三条会、劇団四季、井上ひさし、青年劇場、福島の高校生たちの演劇を手がかりに、個別の記憶とさまざまな記録とのあいだを全8章で論じていく。
いずれ形を変えたり失われたりしてしまうかもしれない震災をめぐる記憶。
「演劇は――さまざまな表現は、数値等では測定できない、その時どきの、個別の感情や感覚や記憶を、何らかの形で世界にとどめる装置であり、それ自体がひとつのメディアとしても機能する。それらが上演される劇場空間は、演劇を通して、不特定多数の人びとが事態を共有しうる場となる」
そこではどう震災が伝えられ、それはどう未来に伝える足がかりとなっていくのだろうか。
演劇を愛するすべての人に。
付録として「震災関連演劇上演年譜稿──2011.3.11?2013.12.31」、「上演台本:福島県立いわき総合高校総合学科第十五期生アトリエ公演『失われた時を与えて』」収録。
【震災という未決着かつ現在進行形の問題に対するとき、演劇を媒介として、震災をめぐる記憶を──いずれ形を変えたり失われたりしてしまうかもしれない個別の記憶を、記録したり、他者に、別の時間に分有したりして、忘却への抵抗の一手とする。本書はそんな小さな試みである。】……「序 揺れ動いた社会と演劇──東日本大震災をめぐる表現の地平」より