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九州大学出版会 吉井亮雄
点
文学的プロテウスの多面的肖像。書簡や日記をはじめとする豊富な未刊文献を駆使して、大作家アンドレ・ジッドが同時代人と結んだ多様な関係・交流を鮮明かつ具体的に描き出す。
第1部 「自己」の探求と初期の文学活動(自伝による幼少年期・青年期の「再構成」―『一粒の麦もし死なずば』の冒頭と末尾について;青年期のジッドとヴァレリー―ふたりの関係は「危うい友情」だったのか ほか)第2部 文学活動の広がり(ジッドとポール・フォール―詩人にして文芸誌主宰者との交流;「デラシネ論争」「ポプラ論争」の余白に―ジッドとルイ・ルアールの往復書簡をめぐって ほか)第3部 批評家・外国人作家との交流(ジッドとチボーデ―一九〇九年から一九二〇年代初めまでの交流;ジッドとガストン・ソーヴボワ―第一次大戦前後の交流 ほか)第4部 「現実」への関心(ジッドとポール・デジャルダン―一九二二年の「ポンティニー旬日懇話会」を中心に;ジッドとアンリ・マシス―一九二四年の論争を中心に ほか)第5部 晩年の交流(ジッドの盛澄華宛書簡―中国人フランス文学者との交流;ジッドと「プレイアッド叢書」―『日記』旧版をめぐって ほか)
本書は、書簡や日記をはじめとする豊富な未刊文献を駆使して、フランスの文豪アンドレ・ジッドが同時代人と結んだ多様な関係の具体相を鮮明に描き出し、稀代の文学的プロテウスの多面的肖像を活写する、実証研究の画期的成果である。ジッドがフランス文学史上固有の地位を主張しうるのは、ある文学的戦略を早くから選択し、以後ゆらぐことなくそれを実践し続けたからだ。すなわち、自己を禁忌とする逆説的なナルシシズムを育み、これに縛られ導かれて、ついには禁忌と執着とが混淆し、現実と虚構とが分別しがたい自伝空間を生きる、そして行為と書物とが捻れあい織りなす「生」の総体そのものをひとつの「作品」として提示する、という戦略である。このことは、ジッドが青年期から愛読していたフローベールの小説美学にかんする次の考察からも窺えよう 「フローベール流の客観性は人間存在を外面からしか眺めようとせず、存在の深奥に到達することはない。私の思うに、小説家にとって真の客観性は別様な働き方をするものなのである。小説家が登場人物になりきらないかぎり、描かれるのはただその輪郭にすぎないのだ」。じっさいジッド作品の主人公たちの多くは彼自身を色濃く投影した存在であるが、しかし上記の文学的戦略にそって描き出される「自画像」は不可避的に誇張と歪みとを内包する。「ジッドの総体像に迫る」とは必然的に、この誇張と歪みを読み解きながら、彼独自の創造的な自伝空間を検証することにほかならないのである。
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[BOOKデータベースより]
文学的プロテウスの多面的肖像。書簡や日記をはじめとする豊富な未刊文献を駆使して、大作家アンドレ・ジッドが同時代人と結んだ多様な関係・交流を鮮明かつ具体的に描き出す。
第1部 「自己」の探求と初期の文学活動(自伝による幼少年期・青年期の「再構成」―『一粒の麦もし死なずば』の冒頭と末尾について;青年期のジッドとヴァレリー―ふたりの関係は「危うい友情」だったのか ほか)
[日販商品データベースより]第2部 文学活動の広がり(ジッドとポール・フォール―詩人にして文芸誌主宰者との交流;「デラシネ論争」「ポプラ論争」の余白に―ジッドとルイ・ルアールの往復書簡をめぐって ほか)
第3部 批評家・外国人作家との交流(ジッドとチボーデ―一九〇九年から一九二〇年代初めまでの交流;ジッドとガストン・ソーヴボワ―第一次大戦前後の交流 ほか)
第4部 「現実」への関心(ジッドとポール・デジャルダン―一九二二年の「ポンティニー旬日懇話会」を中心に;ジッドとアンリ・マシス―一九二四年の論争を中心に ほか)
第5部 晩年の交流(ジッドの盛澄華宛書簡―中国人フランス文学者との交流;ジッドと「プレイアッド叢書」―『日記』旧版をめぐって ほか)
本書は、書簡や日記をはじめとする豊富な未刊文献を駆使して、フランスの文豪アンドレ・ジッドが同時代人と結んだ多様な関係の具体相を鮮明に描き出し、稀代の文学的プロテウスの多面的肖像を活写する、実証研究の画期的成果である。
ジッドがフランス文学史上固有の地位を主張しうるのは、ある文学的戦略を早くから選択し、以後ゆらぐことなくそれを実践し続けたからだ。すなわち、自己を禁忌とする逆説的なナルシシズムを育み、これに縛られ導かれて、ついには禁忌と執着とが混淆し、現実と虚構とが分別しがたい自伝空間を生きる、そして行為と書物とが捻れあい織りなす「生」の総体そのものをひとつの「作品」として提示する、という戦略である。
このことは、ジッドが青年期から愛読していたフローベールの小説美学にかんする次の考察からも窺えよう 「フローベール流の客観性は人間存在を外面からしか眺めようとせず、存在の深奥に到達することはない。私の思うに、小説家にとって真の客観性は別様な働き方をするものなのである。小説家が登場人物になりきらないかぎり、描かれるのはただその輪郭にすぎないのだ」。
じっさいジッド作品の主人公たちの多くは彼自身を色濃く投影した存在であるが、しかし上記の文学的戦略にそって描き出される「自画像」は不可避的に誇張と歪みとを内包する。「ジッドの総体像に迫る」とは必然的に、この誇張と歪みを読み解きながら、彼独自の創造的な自伝空間を検証することにほかならないのである。