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ピックアップ!

永すぎた春 改版

好きです。好きなんです。

『永すぎた春 改版』 / 三島由紀夫 / 文庫 / 2013年1月 / 9784101050102

Januaryで始まり、Decemberで終わるという恥ずかしいばかりのモダンさがレトロな雰囲気を醸し出しつつも、”身分”というものが幅を利かせていた時代というものを感じさせてくれる作品です。好青年な大学生とやや勝気な古本屋の娘が婚約から結婚に至る間に起こる些細なトラブルを乗り越えていくという、当時としてはオシャレな、それこそトレンディードラマ的展開が爽快なストーリーです。そして、数ある三島作品の中でも一番カワイイのがヒロインの百子。読みながら妄想膨らませて百子像を創りあげていくというのもイマドキかも。もし、三島氏がご存命でしたら、恐らく平成最後の年に”身分”の差に抗う若者の野望と純愛の物語なんか書いたのではなかろうかなんて思ったりして。そんなこんなで、やっぱりこの時代の小説が大好きなんです。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

書店員のレビュー一覧

欲望会議「超」ポリコレ宣言

人と同じでないことを恐れるな!

『欲望会議「超」ポリコレ宣言』 / 千葉雅也 / B6 / 2018年12月 / 9784044002121

学生の頃、法学部の講義で、憲法や人権とは要するに「変態」を護るためのものだと聞いた記憶がある。それは、世間ではなかなかに理解・受容されにくい少数者であっても「個人として尊重される」という意味だった。それぞれポルノグラフィー、フェミニズム、クィア理論に通じた論客が性欲と社会の間に生じる摩擦の具体的な事例を題材に語り合う本書は、人権思想のひとつの帰結として現代社会に広まりつつある「ポリティカル・コレクトネス」の理念と運動を検証しながら、真に「個人として尊重される」とはどういうことかを掘り下げる人権保障論として読める。「してはならない」と「したい」の間で、私たちはどのように生きることを望むのか。人と同じでないことを恐れるな!欲望をめぐる賢人会議は「個人」をエンパワーする。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

今日は天気がいいので上司を撲殺しようと思います

ジャケ買いしたらプログレだった件

『今日は天気がいいので上司を撲殺しようと思います』 / 夕鷺かのう / 文庫 / 2019年1月 / 9784086802345

もう、タイトル見ただけで狂喜乱舞です。わくわくしながら頁を捲るとまさに予想通りの展開です。丁寧に描写された”職場あるある”な風景に、フラミンゴ臭がまとわりついて離れません。徐々に怒りのマグマが沸騰し爆発寸前。いかにして反撃するのかというところで...あれ。折角タイトルは”灼熱の狂気が暴虐の地獄に戦慄の血塗られた残酷な闇の世界”なのに、なんでオチでテクニックを披露しちゃうかな〜。ストレートにスカッとさせて欲しかった。というか、管理職な方にご一読をお薦めしたい1冊です。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

伯爵夫人

Zepの後にB’zがごとく

『伯爵夫人』 / 蓮實重彦 / 文庫 / 2019年1月 / 9784101003917

タイトルといい、装丁といい、出版社といい、まさに”まんま”です。古き良き時代の文豪です。一頁目を読んだだけで何となく作者が楽しみながら書いているような様を想像して、読んでいるこちらまで楽しくなっちゃいます。オマージュとかリスペクトとかというよりも、書き手の”楽しさ”を追及しているような雰囲気が漂ってます。イマドキのわかりやす〜い小説に物足りなさを感じた時、ちょっと読んでみるとすごく新鮮です。読みたい小説がないなら書いてしまおうという機運が高まれば、それこそ”New Wave Of Traditional Pure Literature”の幕開けになるだろうにと思わせてくれる作品です。それにしても三島由紀夫賞ってなんでこんなに扱い低いんでしょう。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

マンゴーと手榴弾

「著者の本気は読者に伝わる」を実感。

『マンゴーと手榴弾』 / 岸政彦 / B6 / 2018年10月 / 9784326654147

今年創立70周年を迎えた人文・社会分野の専門書出版社が〈広く一般読者に届く言葉をもつ著者とともに、「著者の本気は読者に伝わる」をモットーにおくる新シリーズ〉として「けいそうブックス」を創刊した。本書はその第3弾。『断片的なものの社会学』で2015年度の「紀伊國屋じんぶん大賞」を受賞するなど、まさに「広く一般読者に届く言葉をもつ著者」として人気の高い社会学者が、自身の研究手法「生活史調査」について事例をもとに説明しながら、質的社会学とよばれる研究の目指すところを明らかにしようとする。平易な言葉で書かれているが、決してものごとを単純化しているのではない。無理に単純化せず丁寧に書き分けているから読めるのだ。当シリーズに相応しい「届く言葉」「著者の本気」を実感した。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

吉田修一論

長崎の風土と吉田作品の関係を詳細に論じた文芸批評

『吉田修一論』 / 酒井信 / 四六版 / 2018年9月 / 9784865282108

本書は、小説家・吉田修一と同郷、つまり長崎出身(しかも同じ高校を卒業)で、西日本新聞に「現代ブンガク風土記」を連載中の批評家が、長崎の風土と吉田作品の関係を詳細に論じた文芸批評である。作品に「ヤンキー」や「作業員系」の男性が多く登場することについて、吉田修一が「漁業と炭鉱と造船」の街で育ったことの影響を指摘している。長崎の地区別の文化的な差異にまで言及できるのはさすがに同郷の強みである。吉田修一は最新刊『国宝』で歌舞伎役者を描いたが、これも究極の「肉体労働者」だと考えれば、吉田の「身体を資本に生きる人びと」への執着は明らかだ。本書を機に多方面から吉田修一論への参入があるといい。特に、ジェンダー/セクシュアリティ・スタディーズからのアプローチに期待したい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

できる大人の教養1秒で読む漢字

カンチ、○○しよ〜

『できる大人の教養1秒で読む漢字』 / 話題の達人倶楽部 / 文庫 / 2018年10月 / 9784413097062

ヤバいよ、ヤバいよ、漢字が書けないよ!!なんてったって今や会議資料もすべてパソコンカタカタ、ハイ変換。議事録さえも会議中にパソコンカタカタ、一発変換。なもんだから、三島由紀夫氏の小説なんぞ読もーモンなら、1頁あたり3回は躓いちゃうという体たらく。ヤバいよ、ヤバいよ、マジで漢字が読めないよ!!というわけで、お待たせいたしました。「1秒で読む漢字」の登場です。収録された単語・熟語はなんと約2,500。漢字によみがなは当然として、その意味も載っているので読み進めるうちに「あ、そーだったの。」が連発。今まで間違って覚えていたものが晴れ晴れとする快感。ねぇ漢字、勉強しよ〜

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

立憲的改憲

なぜ「改憲」なのか。

『立憲的改憲』 / 山尾志桜里 / 新書 / 2018年8月 / 9784480071644

憲法改正に賛成か反対か。この問いに答えるのは難しい。誰にでも「良い改憲」と「悪い改憲」があるだろう。本書は、安倍総理が唱道する改憲を阻止したいと考える政治家が、有効な対抗方法を探る対話の記録である。まず、単に反対するだけでは数で負けるという危機感があって、ならば「良い改憲」を掲げて「悪い改憲」に対抗しよう。この考え方を「立憲的改憲」と名付けた。憲法学者・駒村圭吾は言う。「良い」も「悪い」もなぜ「改憲」なのか。何らかの政策実現を日本国憲法が阻んでいる事実はあるか。それは国会の立法活動を通じて実現できないのか、すべきではないか。「憲法」を持ち出すことで逆に実現を遅らせていないか。 この指摘を最終章に置いて闘争手段から改憲の目的に視線を戻す。政治家の宣伝に終わらせない編集の妙を見た。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

フェイクの時代に隠されていること

政治的コミュニケーションの方法論を探る。

『フェイクの時代に隠されていること』 / 福山哲郎 / B6 / 2018年7月 / 9784778316280

これは「〈3.11〉以後」を考える対話だ。2011年のあの日、政権は菅直人内閣、官房長官は枝野幸男、そして官房副長官に福山哲郎がいた(いずれも現在は立憲民主党の幹部である)。翌2012年から現在に至る安倍内閣の時代。斎藤環はこの政権を「ヤンキー政権」と名付けた。知性や政治的な正しさ、論理やエビデンスより空気(忖度!)や情緒を重視する文化にこの政権は支えられている。その結果、国会審議の機能不全を招いているとしたら、民主政治にとって危機的だ。では、どうするか。斎藤環は精神医療の「オープン・ダイアローグ」という手法を提示する。これに福山哲郎が討論型世論調査など具体的な実践を踏まえて応える。政治的コミュニケーションの方法論を探る点こそ類書にはない読みどころ。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

しき

言葉にならないことを言葉にしてみせる。

『しき』 / 町屋良平 / B6 / 2018年7月 / 9784309027180

「青が破れる」ではボクシング、今作ではダンスを用いて「身体」を常に視野に入れながら、まるで自分のイメージ通りには体が動かないこと、つまり「うまくできない」ことと重ねるように、この世界の複雑さ、手の届かなさ、ままならなさを言葉にしていくような作風だ。身体運動も練習を繰り返せば「うまくできる」ようになることがある(もちろん、いくら練習したって「できない」こともたくさんある)。同様に、言語表現にも積み重ねが必要で、そうかんたんには言葉にならないことがたくさんある。しかし、小説家はそれを言葉にしてみせる。読後に「確かにこの感覚を言葉にするには、本1冊分の分量が必要だ」と思わせ、そして巧みに言語化された事実に読み手もまた達成感を得る。文学の存在意義を再確認する読書体験である。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ニッポンの本屋

写真が、多くを語っている。

『ニッポンの本屋』 / 本の雑誌編集部 / A5 / 2018年5月 / 9784860114145

本屋の写真集である。といっても、エクスナレッジのシリーズ『世界の夢の本屋さん』のような、誰の目にも印象的な空間デザインが並ぶものではない。あちらはさすがに建築書出版社。本書に並ぶのは、一見平凡な「普通の本屋さん」の、主に「本棚」の写真だ。本棚に並ぶ本の書名にピントが合っているので、写真を見れば、この書店がどのような本を選び、それをどのような順序で並べているのかがよくわかる。短い紹介文と合わせ読めば、その書店の特色が見えてくる。本屋の特色は(派手な外観や内装ではなく)「棚」に表れるものだと本書は静かに主張している。雑誌連載をまとめたもので、当時は営業していたがその後閉店してしまった本屋も記録されている。例えば、あゆみBOOKS小石川店の「棚」が、ここに永遠に保存されている。写真が、多くを語っている。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ライシテから読む現代フランス

「公」と「私」を厳格に峻別するフランスの原理。

『ライシテから読む現代フランス』 / 伊達聖伸 / 新書 / 2018年3月 / 9784004317104

「あいまいな日本」と違い、「公」と「私」を厳格に峻別するフランスでは、国家の領域に信仰が侵入することを認めない。この原理を「ライシテ」と呼ぶ。私的領域での信仰の自由とともに、公的領域における平等を保障する。日本国憲法も20条で信教の自由と政教分離を定めている。その点では、日本もライシテ体制の国である。しかし、社会における関心度が違う。フランスではいつの時代もライシテを巡る論争が絶えない。古くは国家権力とカトリック教会の対立、現代ではイスラム教の包摂が主な焦点だ。本書は『ライシテ、道徳、宗教学』でサントリー学芸賞を受賞した研究者による初めての新書で、ライシテ論争史をまとめたもの。論争のきっかけとなる事件や人物の解説から入るので、初学者にもやさしい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

そろそろ左派は〈経済〉を語ろう

〈左派〉復活のための指南書。

『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』 / ブレイディみかこ / B6 / 2018年5月 / 9784750515441

安倍晋三は「保守」と目される政治家だが、経済政策は「反緊縮」を選んで高い支持を得た。世界的には、イギリス労働党のコービンや、フランス社会党のメランション、アメリカ民主党のサンダースといった〈左派〉の政治家が「反緊縮」を訴えて労働者階級や若年層の支持を集めている。日本では、これに相当する「反緊縮の〈左派〉」勢力がどうにも弱い。憲法や原発もいいが、何より有権者にとって優先度の高い「経済」で幅広い支持を集める旗が必要で、それは「反緊縮」に他ならない。「下からの民主主義」を訴えるのであれば、「反緊縮」サイドから「アベノミクス」の弱点を指摘する必要がある。「右派に民衆の胃袋を握らせてはいけない」。日本〈左派〉復活のための指南書。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

知性は死なない

全身全霊、回復後の第一作。

『知性は死なない』 / 與那覇潤 / B6 / 2018年4月 / 9784163908236

與那覇潤が、あるときパタッとメディアから消えた。どこか外国の大学にでも行って研究に専念する時期なのかと勝手に思い込んでいたが、違った。そのことが判ったのは、本書の刊行予定を知ったときだった。著者はこの間、躁うつ病(双極性障害)を患って療養中だった。本書は回復後の第一作である。自らの病状、治療経過、回復への道のりを丸ごと本書の中で明らかにしている。その部分は闘病エッセイとしても読める。しかし、それでは終わらない。実に驚くべきことに、その体験から得られた知見を下敷きにして、この体験がなければ絶対に書けなかった新しい視座で、あの『中国化する日本』の続編と位置付けたくもなる「平成30年史」を書いてみせたのだ。転んでもただでは起きないと言ったら語感がよくないが、全身全霊とはこういうものかと思わせる怪力を見た。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

閃光スクランブル

北東西南〜全世界に情報発信〜

『閃光スクランブル』 / 加藤シゲアキ / 文庫 / 2015年11月 / 9784041036242

予想外といったら大変失礼にあたりますが、まさに予期せぬ面白さです。実に”王道”かつ”売れ線狙い”なエンタメぶりです。作者の、常にお客さんが何を望んでいるかを創造する能力の高さが感じられます。とにかく主人公である巧と亜希子の魅力的なキャラ設定で、すでに勝利を掴んでいます。そこに香緒里と多一郎という”いかにも”な理解者がサポートするというわかり易さが加わることで、読んでいてすこぶる気持ちイイんです。担当者がもっと厳しくダメだししてパス交換を繰り返せば、作家としても大きな成功を収めること間違いなしと感じさせる作品です。偏見をなくして、とにかく一度読んでみてから判断して下さい。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

二井原実自伝真我Singer

LOUDNESS、今からヨーロッパ行くってよ

『二井原実自伝真我Singer』 / 二井原実 / B6 / 2018年3月 / 9784845632114

ロックミュージシャンに対する印象ってどのようなものでしょうか。一見、きらびやかな生活であったり、虚像と実像であったり、意図的に作られた伝説であったりと様々だと思います。この本にそのようなセンセーショナルな内容を期待すると肩すかしを喰らうかもしれません。もちろん、ロックで世界進出を成し遂げたバンドのメンバーならではの裏話もあるものの、全体的に還暦近い年齢らしい配慮も感じられる大人の雰囲気が漂う、実に心穏やかになる内容です。成功の後に訪れる挫折や困難。それらを克服していく過程を読み進めると、最終的にやっぱり大切なのは”お人柄”なんだなぁとつくづく思っちゃいます。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

人の名前が出てこなくなったときに読む本

ぱるると川栄の区別がつかないあなたへ

『人の名前が出てこなくなったときに読む本』 / 松原英多 / 新書 / 2018年4月 / 9784845450138

とりあえず本屋に行って手に取って「はじめに」を立ち読みしてみましょう。実に怖い怖〜いお話です。でも大丈夫。後半はじっくりと対策が練られているので、つま先立ちしながら読み進めましょう。概ね2ページ位で区切ってあるので読みやすいことこの上なしです。案外、サスペンス小説よりもハマっちゃうかもしれません。かつて一世を風靡したロングブレスダイエットや押切もえさんの食事法などのダイエット本と同じような対処法も、脳の活性化という目的で語られると説得力が違います。少しでも認知症を減らしたいと願う著者の熱意がストレートに伝わってくる一冊です。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

雪国 改版

新旧ノーベル賞対決

『雪国 改版』 / 川端康成 / 文庫 / 2006年5月 / 9784101001012

さて、カズオ・イシグロ氏の作品はもうお読みになられたでしょうか。川端康成氏がノーベル文学賞を受賞したのが1968年。今から50年も前のことです。”トンネルを抜けると〜”の一節は日本人なら誰もが知っている国民的フレーズではありますが、はたしてその後の話しはどれだけ知られているでしょうか。カズオ・イシグロ氏の作品が和訳のためか何となく硬く感じられるのに対して、「雪国」は棘を覆うほのかな甘みがなんとも柔らかな印象を醸し出しています。フランス語にでも訳したら原作を遥かに凌ぐふわとろオムレツみたいになったりして。そのあたり、案外、カズオ・イシグロ氏と底に流れるものは一緒だったりするかもしれません。そんな「雪国」を、今こそカズオ・イシグロ氏と読み比べてみるのも一興です。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

イチゴーイチハチ! 1

夢を諦めてからの物語、生徒会の眩い”日常”マンガ

『イチゴーイチハチ! 1』 / 相田裕 / コミック / 2015年3月 / 978409186605

「イチゴ−イチハチ!」は高校の生徒会を舞台にした物語。主人公の1人、烏谷 公志朗(からすや こうしろう)は中学生時代から有名でプロ野球選手になるために入学したが、練習のしすぎによる怪我でその夢を諦めることになった。彼が成り行きで入った生徒会にはその輝かしい中学時代を知る主人公、丸山幸(まるやま さち)と生徒会長の環亘(たまき わたる)がおり……十人十色、様々な生徒が交差する高校で紡がれる物語。誰もが夢を持ったことがあり、そしてその多くの人が夢を諦める経験をする。そんなリアルすぎる設定のなか、夢を諦めても前を向いて「今」を生きる登場人物に心が動かされる。酸いも甘いもあった、「学校生活」を送ったことのある人に読んでほしい傑作です。

レビュアー:まるめがね / 男性 / 20代

10DANCE 4

読んでるこっちが踊りたくなる!社交ダンスBL!

『10DANCE 4』 / 井上佐藤 / コミック / 2018年5月 / 9784065114667

「スタンダード」と「ラテン」と大きく分けて2種目ある社交ダンス。それぞれの日本トップ選手である杉木信也と鈴木信也は互いに教えあって、10種目踊りきる「10ダンス」のチャンピオンを目指す。油と水くらい合わなかった二人が、踊りあっていくうちに相性が良くなっていく……二人が踊りながら親密になっていくところも頬が緩んでしまう!それぞれが「もっとダンスが上手くなりたい」というダンスその物へと、のめりこんでいくところはたまらなく楽しそう!こんなに楽しそうに踊られると見せつけられるこっちが踊りたくなる!

レビュアー:まるめがね / 男性 / 20代

ストーナー

平凡な男の平凡な一生

『ストーナー』 / ジョン・エドワード・ウィリアムズ / B6 / 2014年9月 / 978486182500

第一回日本翻訳大賞の読者賞に輝いたこの作品。ある一人の男が文字に目覚め大学教授となる話。あまりに起伏無く、物語というものが無いと言ってもよいこの作品には読み進めていくうちに世界に入り込んでしまう魅力がある。舞台となった世界観や主人公ストーナーの細かい感情が、東江一紀さんの「翻訳」という職人仕事により表現される。最後の「あとがき」を読んだ時、私たちが読んでいた「ストーナー」という作品"そのもの"以上の感慨が湧きます。

レビュアー:まるめがね / 男性 / 20代

裁判の原点

司法と政治の原理から考える制度論。

『裁判の原点』 / 大屋雄裕 / B6 / 2018年1月 / 9784309625096

民主政治はなんだかんだいっても多数決の世界である。多数の支持を得た政治家・政党が予算や法令を通じて政策を実行していく。少数派は議会で反対しても、国会前に集まって抗議しても、多数決で負けてしまう。そこで少数派はしばしば自らの政治的主張を裁判に訴える。「安保法制違憲訴訟」はその一例だ。さて、政治的アピールを主眼とする「政策形成訴訟」は、裁判制度の利用方法として正しいのだろうか。本書は、この問いを考えるために必要な、裁判制度に関する基本的な知識を確認したうえで、結論的には、裁判制度の寄生的・派生的利用だとし、訴訟によらない政策実現手法の検討を促す。政治部門に問題を差し戻すのだ。司法と政治の原理から考える制度論。著者は、井上達夫門下の法哲学者である。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ひとり空間の都市論

近代=都市=「ひとり空間」の変遷。

『ひとり空間の都市論』 / 南後由和 / 新書 / 2018年1月 / 9784480071071

人ごみの中、スマートフォンを見ながら歩く人。行き交う人にぶつかる。しかし、全く気にしない様子で画面に見入ったまま歩き続ける。ああ、この人はいま完全にひとりの空間に入り込んでいるのだ。珍しいことではない。都市社会学の蓄積を踏まえて近代=都市=「ひとり空間」の変遷を見る。ワンルームマンションやカプセルホテル、あるいは吉野家や一蘭の設計、そしてウォークマンからスマートフォンに至るモバイル・メディア。事例が豊富で読みやすい。すぐ隣の人とは切断されていても、インターネットには常時接続の現代。Airbnbを事例に「ひとり空間」の最新状況を考察して終わる。「地方」「コミュニティ」ではなく「都市」「ひとり」。社会学と建築学の間で、都市の未来をポジティブに照らそうとする爽やかな論考だ。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ゲイカップルのワークライフバランス

ゲイカップルの仕事と生活について書かれた研究書。

『ゲイカップルのワークライフバランス』 / 神谷悠介 / B6 / 2017年12月 / 9784788515383

ゲイカップルと聞いて直ちに性的なことを想像する向きには期待外れだろう。性交渉に関する記述はない。本書は、ゲイカップルの仕事と生活について書かれた研究書。『パラサイト・シングルの時代』等で有名な山田昌弘のゼミ出身、30代の社会学者が博士論文をベースにまとめた単行本デビュー作である。共働きで家計は独立していて(共通の財布はなく)家事は平等に分担し余暇の時間を共に過ごすことが多いというゲイカップル。法制度や社会に残る差別、内面化された男性ジェンダー規範等がどのように作用するのか、社会学の先行研究と独自のインタビュー調査を組み合わせながら、その特徴を記述していく。「LGBT」への関心が高まり、情報も増えてきた中で、待たれていた内容だろう。続く研究成果の発表も期待したい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

落としもの

作家の思想が細部まで行き届き、ごまかしがない。

『落としもの』 / 横田創 / 四六版 / 2018年1月 / 9784990889913

大袈裟なところがなく、平温で、それでいてリズミカルに続く描写の中に、ときどきドキリとする言葉が挿し挟まれる。作家の思想が細部まで行き届き、ごまかしがない。山崎ナオコーラや、最近でいえば滝口悠生の好きな人には、まず薦めたい。また、ここに収められた短篇はすべて女性視点の作品で、ジェンダーには相当に意識的に書かれている。やわらかくも闘争的。そのような作品が新興の出版社によって再評価され、本になったことをうれしく思う。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

小沢健二の帰還

今の小沢健二は、90年代の「王子様」よりずっと強い。

『小沢健二の帰還』 / 宇野維正 / 四六版 / 2017年11月 / 9784000612364

2017年、小沢健二が「帰還」した。1998年に日本を離れてから約20年の「空白期」。いったい彼はどこで何をしていたのか。小沢健二の「活動」を追い続ける音楽ジャーナリストが、主に「空白期」に発信された小沢健二の言葉と音楽から、その表現の核心にある理念(本当のこと)を読み解く。また、それに相応しい方法論を模索する時間の積み重ね、独自の発信環境や表現手段を創り出す過程に着目し、表現者・小沢健二の戦略と戦術を解き明かそうとする。きっと今の小沢健二は、90年代の「王子様」よりずっと強い。本書は、その直感を補強する資料となる。「帰還」の年に直ちに刊行されたことに感謝したい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

うしろめたさの人類学

「外から目線」のすすめ。

『うしろめたさの人類学』 / 松村圭一郎 / B6 / 2017年10月 / 9784903908984

2017年10月、NHKの音楽番組『SONGS』に出演した小沢健二は、「人びとの文化は町を作る」と言った。例えばお金や水が入った自動販売機。ニューヨークのブルックリンに自販機を置いたら、次の朝には丸ごとなくなっている気がするが、日本で自販機を盗む人はまずいない。そういう日本の社会は、要するに、みんなが持っている文化が作っている、と。---ある町では「ふつう」のことが“外から目線”で見ると「おかしい」。本書の著者は文化人類学者としてエチオピアのフィールドワークで得た知見を旅行記のように綴り、まずはエチオピアの「ふつう」に率直に驚く。そして日本の、私たちの「ふつう」を問い直す。人類学なんて私の生活に関係ないと思っている多くの人に薦めたい。これは「私の生活」に“外から目線”を導入して、変革の可能性を信じるための、知的な準備運動。やさしく頭をほぐしてくれる。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

高架線

小さなエピソードから成る、大きな小説。

『高架線』 / 滝口悠生 / 四六版 / 2017年9月 / 9784062207591

映画監督が深夜枠で作るテレビドラマにありそうな、小さなエピソードを少しコミカルに仕立てながら淡々と紡いでいくスタイル。ちょっとおかしなことも、まあこの世界においてはありそうだと思わせる独特の空気感。著者初めての長篇とのことだが、短篇のときより読みやすいようにも感じた。配慮があってのことだろう。そして、小さなエピソードを次々とつなぎ合わせていくと、読み始めには想像もしないような広がりをもった、大きな小説だということが見えてくる。それはそうなのだ。世界は広いが、ひとつひとつは小さなエピソードから成っている。個人的なことへの接写から、急にカメラを引いて俯瞰。視界が広がった瞬間に、ユリイカ!と叫びたくなる、そんな小説。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

種のキモチ

気分はSadistic Desire

『種のキモチ』 / 山田悠介 / 文庫 / 2016年8月 / 9784286178523

なんとなく「世にも奇妙な物語」を連想させる雰囲気です。あるいは「ウルトラセブン」の「緑の恐怖」とか、小松左京氏の「花のこころ」あたりに通じる怖さを感じます。序盤は”ちょっと変な小説”といった趣きだけど、終盤にかけてどんどん不気味になっていきます。推薦文を書いた横山由依さんが、どう表現していいか困っているみたいなのも充分頷けます。ただ、この小説のタイトルは「種のキモチ」なんです。主人公は最後まで”アタシ”であり、”アタシ”が生み出した新月美人の”種”なんです。ダイスケも一行も里沙も脇役にすぎません。感情移入するのは”種”に対してであり、だからこそ、この小説はハッピーエンドなんです。だって、”種”は夜空に飛んでいくのだから。それにしても、”アタシ”は千葉の館山で生まれ育ったって、何かの伏線かと思ったら最後まで何もないってどうゆうこと?

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

ゼロからトースターを作ってみた結果

「ゼロから」とは原材料から始めるの意!

『ゼロからトースターを作ってみた結果』 / トーマス・トウェイツ 村井理子 / 文庫 / 2015年10月 / 9784102200025

SFコメディ「銀河ヒッチハイク・ガイド」からインスピレーションを得た著者は、「現代文明に囲まれて暮らす僕は、ありふれた家電製品であるトースターを作ることができるだろうか?やってみよう!」と思いつきます。そこで彼は自らにルールを課し(原料から作る。産業革命以前のテクノロジーで作る。etc)、行動を開始します。その一部始終を記録したのが本書ですが、著者の行動力に驚愕。何しろ、鉄鉱石を採掘して鉄を抽出するところから始めるんだから!読んでいて、何度も「これはムリだろう」という難題が現れるのですが、持ち前の発想とユーモアで乗り切っていきます。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

いつでもピラティス

今、時代は”AYA女子”

『いつでもピラティス』 /  / B5 / 2017年7月 / 9784779633140

一時のブームが嘘のようにひっそりとしていたピラティス界隈ですが、最近の”AYA女子”気運に便乗して徐々に盛り上がりつつあります。そんなピラティスに興味のある方にお薦めなのがこの「いつでもピラティス」です。実は、腹筋バッキバキだけを目指すのであれば、ワン・レッグ・ストレッチを1日10回やるだけでも充分です。ちょっときついけれどクリス・クロスもこなせるようになれば完璧です。ということで、この本は4ページあればいいということになってしまいますが、それでは「真実堂書店」で”偽物”と言われちゃいます。毎日続けると、しばらくすれば物足りなさを感じるので、そんな時こそ他のエクササイズも試してみましょう。この本には効果的なエクササイズが満載です。あまり難しく考えず、まずは1日10回からやってみて、”3日でくびれ”を実感してください。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

Gohのおつまみフレンチ

福岡の名店Gohのレシピ

『Gohのおつまみフレンチ』 / 福山剛 / A5 / 2017年8月 / 9784816709418

“予約の取れない”福岡のフランス料理店・Goh。「アジアのベスト・レストラン50」に九州で初めて選ばれた人気シェフ・福山剛氏の冷蔵庫の食材ですぐに作れる簡単レシピ集。「簡単に作れておいしいものばかり」とシェフが言うレシピは前菜からデザート、ソースまで、スーパーで売ってる食材で家庭ですぐ作れるのがうれしい!お料理教室のようなアドバイスが載ってるのもポイント高め。川崎宗則選手のコック服姿が見られるのはこの本だけ。ファン必見です!

レビュアー:天神店F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

日本沈没 第2部 上

2位じゃダメなんです

『日本沈没 第二部』 / 小松左京 谷甲州 / 文庫 / 2008年6月 / 9784094082746

空前絶後の大ヒットをとばした「日本沈没」から33年の時を経て世に現した続編がこの「第二部」です。小松左京氏が本来描きたかった”国土を無くして難民化した日本人”の姿に、噴火を起因とする世界的な異常気象を絡めることで手に汗握るストーリーに仕上がっています。発表されたのは2006年なので、現在と比べるとまだ日本という国に余力を感じる内容というか、面はゆいばかりの日本人賛歌に溢れています。学術的な解説は最低限に抑えて、できるだけスピーディーな展開に持ち込んでいるあたりが実にイマドキの小説です。「日本沈没」の登場人物も当然のことながら活躍するので、かつてカッパ・ノベルスの新書版で「日本沈没」を読んだ50〜60の世代にはぜひともお薦めしたい作品です。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

海が見える家

千葉の海は暗くて冷たい

『海が見える家』 / はらだみずき / 文庫 / 2017年8月 / 9784094064391

舞台は千葉県、南房総。海にまつわる物語で、描写のひとつひとつがいかにも千葉に実在しそうな風景です。会社を辞めた直後に知らされた父の死。長いこと疎遠だった父が生前暮らしていた海の見える家での生活。とっつきにくいけれど懐に飛び込めば人情味豊かな千葉県人の描き方が、なんとも暗く冷たいけれど太陽との相性バッチリな千葉の海と似ています。ストーリーはあまり劇的な事件も無く、現実味豊かに淡々と進んでいくのだけれど、それでいてグイグイと先を読み進めたくなる展開です。ちょっと、ドラマ「ビーチボーイズ」を思い出させる雰囲気があります。もちろん、主人公の文哉のイメージは「ビーチボーイズ」みたいにカッコいいとは思わないけど。これだけ”千葉県愛”に満ちた作品なんだから、推薦文は森田健作千葉県知事にお願いしたい。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

影裏

穏やかにみえて、熱い。

『影裏』 / 沼田真佑 / B6 / 2017年7月 / 9784163907284

「きらきらと輝く接着剤のような言葉で小説をまとめ上げて行く。うまいなー」(山田詠美)、「読者を立ち止まらせるこのような文章を沼田氏は書ける」(吉田修一)、「作者の描写力は新人の域を超えている」(村上龍)、「よく計算されて書かれた一作」(堀江敏幸)、「小説を読むときの快楽をわかっている」(川上弘美)と、選考委員からその文章力を賞賛されて芥川賞を受賞した。新人のデビュー作としては、文体や語彙はやや古風なほど。少ない言葉で風景や人物の細部を描く。その描写の中から、上にも下にも突出するところのない、言ってしまえば凡庸な、目立たず静かに生きる主人公の、それでもなかったことにはできない「想い」がはっきりと浮かび上がってくるところに、この小説の強さがある。終始穏やかにみえて、読後に熱いものを残す。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

迷宮

案外、趣味はジョギングとかだったりして

『迷宮』 / 中村文則 / 文庫 / 2015年4月 / 9784101289557

”闇”です。深い深い”闇”の物語です。タイプは違うけれど、「その女アレックス」よりも”闇”は深いです。あらすじを見ると最悪な読後感を持ちそうな印象を受けるけれど、実際に読んでみると意外なほど穏やかな感覚で読み終わります。これってもしかしてハッピーエンドなのかもって錯覚したりします。それだけ、前半部分の息苦しさが際立っています。作者の中村文則氏はイケメンだし、これからもっと”光”を浴びる人生を送りそうなだけに、前半の”闇”がより一層切なく迫ります。ところで中村氏は、カート・コバーンとスティーヴ・ヴァイだと、どっちが好きなんだろう?

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

おれの血は他人の血

ハチャメチャ阿鼻叫喚地獄絵図+ちょびっと悲哀=絶版

『おれの血は他人の血』 / 筒井康隆 / 文庫 / 1979年5月 / 9784101171081

地味なサラリーマンの”おれ”は怒りが爆発すると人間凶器と化し、そうなるともう誰にも止められません。その原因はタイトルの示す通りといういかにも”わかりやす〜い”設定です。ただ、そこからの話しの盛り方がぶっ飛びすぎで、あまりにも現実離れしているために凄惨な暴力でさえもがどこか詩的だったりもします。変身願望、破壊願望を満たしてくれるうえ、ここで変身してほしいと思うところで勿体ぶらずにあっさり変身するので日頃の鬱憤晴らして気分爽快です。こんなにも無茶苦茶な内容で最後まで押し通してしまう小説が絶版だなんて。「エスクレメントオ〜」

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

蝿の王 新訳版

名作、ふたたび

『蠅の王』 / ウィリアム・ゴールディング 黒原敏行 / 文庫 / 2017年4月 / 9784151200908

新潮文庫版で読んだのですが、残念ながら新潮社さん・・・絶版ですか?などと少し悲しい気持ちを抱えていたのですが、早川書房様、やってくれますね。若い人も、私のような老年者も、一度は読んで考えましょう。正義、信念、諸々の人間性を・・・少々、疲れますがね。

レビュアー:梅津 / リブロ / 男性 / 50代

ほんとうの憲法

この挑発に、憲法学界の応答は?

『ほんとうの憲法』 / 篠田英朗 / 新書 / 2017年7月 / 9784480069788

『平和構築と法の支配』(創文社)で大佛次郎論壇賞、『「国家主権」という思想』(勁草書房)でサントリー学芸賞、『集団的自衛権の思想史』(風行社)で読売・吉野作造賞を受賞している政治学者が、平和構築の専門家として、国際法と平和構築政策の論理に立脚して日本国憲法を読み解く。その観点から、戦後の主流派憲法学が唱えてきた9条解釈を批判し、憲法学に論戦を挑む。批判は激しく、驚くほど挑発的だ。戦後の憲法学を批判的に継承しながら最先端の理論を構築している若い世代の憲法学者から、適切な応答があることを期待する。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

富士山噴火

そのまんま富士山噴火

『富士山噴火』 / 高嶋哲夫 / 文庫 / 2017年6月 / 9784087455946

タイトルの通り、富士山噴火に伴う様々な災害と立ち向かう人々を描いた”防災エンタメ”です。年寄世代だと小松左京氏の「日本沈没」を思い起こすような内容ですが、「日本沈没」が”中盤のパス回し”重視で時としてまだるっこしさを感じさせるのに対して、この「富士山噴火」は”中盤を省略した縦への速い攻撃”重視でスピード感が凄いです。序盤に樹海の風穴で異変に気付くと、そこからの畳み掛ける様がまさに怒涛の展開です。このスピード感で600ページ超の小説を突っ走るのだから”防災エンタメ”恐るべしです。何はともあれ、自治会の防災訓練は参加しておいた方がよさそうです。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

世界と僕のあいだに

黒人の「肉体」に刻まれた運命の深さについて

『世界と僕のあいだに』 / タナハシ・コーツ 池田年穂 / B6 / 2017年2月 / 9784766423914

「ラストベルト」(錆ついた工業地帯)の白人労働者が注目を集め、アメリカの格差問題がシンプルに経済格差、つまりお金の問題としてクロースアップされたことにより、一瞬、ほんの一瞬忘れかけた「人種」の問題をあらためて思い出させてくれたものとして、映画「ムーンライト」とともに、本書を挙げたい。デビュー作『美しき闘争』は著者と父親の関係を描き、本書は著者から息子への手紙形式で書かれている。著者を挟んで3代の黒人男性が背負った運命について、ときにコミカルに、ときにエモーショナルに語るこの連作は、オバマ政権下においてもなお厳しい黒人社会の現実を読者にあらためて印象付ける。黒人の「肉体」に刻まれた運命の深さについて、私たちはほんとうに想像し尽くせているだろうか。本書は、そのような問いを鋭く突き付ける。繰り返し登場する「肉体」という単語に、何度も揺さぶられる。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ゆるキャン△ 1

キャンプをやってみたいインドア派のあなたに

『ゆるキャン△ 1』 / あfろ / コミック / 2015年11月 / 9784832246355

ゆるいキャンプ、略してゆるキャン!察しのいい方は、これを聞いてタイトルの“△”が何かわかりましたよね?そう、テントです!△内容はキャンプ初心者の女の子達がゆるーくキャンプする漫画なのですが、ただの日常系マンガだと思わないで下さい!キャンプのイメージって、道具を揃えて、現地に行って、テントを組み立てて…とめんどくさいなぁと考えがちですが、そんな考え以上にキャンプって楽しそう!と思わせてくれるような自然の描写や、アウトドア料理の数々。これを読んだらキャンプやってみたいなー、と思うこと間違いなしです!(レビュアーはガチのインドア派です△)

レビュアー:DBS / Honya Club.com / 男性 / 30代

君は山口高志を見たか

憎き、最強の阪急ブレーブス

『君は山口高志を見たか』 / 鎮勝也 / 文庫 / 2016年7月 / 9784062816748

はじめにお断りしておきますが、私は近鉄バファローズのファンでした。(昭和50年以来)わが近鉄が優勝できなかった最大の障壁が、ブレーブスの比類なき強さでした。山田、足立、福本、長池、加藤、マルカーノ、大橋、中沢、森本、大熊・・・なんと憎たらしい連中でしょうか。その中でも、山口高志ときたら、まるで打てる気がしないほどのストレートでズバズバと我が、小川、羽田、栗橋、佐々木、有田、梨田、吹石、平野・・・らをきりきり舞いさせおって・・・でも、いい人だったんですね。読んでいて楽しかったパ・リーグ野球を懐かしく思い出しました。

レビュアー:梅津 / リブロ / 男性 / 50代

美しい星 改版

愚民どもに叡智をさずけろ

『美しい星』 / 三島由紀夫 / 文庫 / 2003年9月 / 9784101050133

これはSFではありません。人類を滅亡の危機から救うべく、火星・木星・水星・金星から来た大杉一家が、うわべの平和を貪る大衆相手に奮闘する物語です。敵対するのは、人間を滅ぼすために白鳥座六十一番星あたりの未知の惑星から来た3人組。直接対決には敗れたように見えたものの、最終的には「何とかやってくさ、人間は」という身も蓋もない一言に帰結していきます。キューバ危機をもなんとかすることを予見したかのようなセリフです。今の時代で描いたら、もっと複雑で一筋縄ではいかない展開になりそうなだけに、「美しい星〜逆襲の重一郎〜」って続編を読んでみたくなったりもします。そんなことはともかくとして、ストーリーの面白さは極めているし、ラストの感動たるやハンパ無いです。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

あなたには鳥類学者の友達がいますか?

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』 / 川上和人 / B6 / 2017年4月 / 9784103509110

「はじめに…」から川上センセイは飛ばしている。「鳥類学者を友達に持たぬことは、読者諸氏にとって大きな損失である。そこでボンドに代わって鳥類学者を代表し、その損失を勝手に補填することに決めた。」こう言い切ってくるのだ。勝手に補填されるのか…と戸惑いながらページをめくる。すると川上センセイはキョロちゃんについて鳥類学者の知識をフルに生かし8ページも考察して私を夢中にさせる。そしてリアルキョロちゃんの絵もなんか少しアレだ。アカガシラカラスバトの話なのにシャア・アズナブルに敬意を表したりしているし、ガンダムからヒントを得ようとしている。しかしこの本はごく真面目な生物の知識にあふれる楽しい本なのである。読み進めれば鳥類学者の川上センセイに、むしろこちらから友達になってください!と申し込むべきかもしれない。とみなさんも考え始めるだろう。

レビュアー:天神F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

星野、目をつぶって。 1

ただのラブコメでは終わらない

『星野、目をつぶって。 1』 / 永椎晃平 / コミック / 2016年7月 / 9784063957068

端的に言ってしまえば、「俺は、彼女に、メイクをすることになった──」これはそういうラブコメ作品かもしれません。しかし、それだけでは終わらない魅力がこの作品にはあるのです!特筆すべきはそのキャラの掘り下げ。主人公とメインヒロインがしっかり掘り下げられている、そんな作品はたくさんあります。しかし本作では、通常当て馬や盛り上げ要因として使われるサブヒロインたちが、作品が進むにつれて二重いや、三重に隠された顔を見せてくれます!「ガングロギャルキャラのあの子がまさか・・・」「メガネのいじめられっこが実は・・・」テンプレを越えに越えてくるサブヒロインたちに「もはやメインヒロインだろ!?」と叫ばずにはいられません!そして、この作品は青春ものとしてちゃんと筋が通っているのも魅力です。6巻でのタイトル回収は・・・必見です。(★が4つなのは、今後これ以上に面白くなることを期待して・・・)

レビュアー:A / Honya Club.com / 男性 / 20代

水やりはいつも深夜だけど

救いようのない人生に、ほんのちょっぴり救いを下さい

『水やりはいつも深夜だけど』 / 窪美澄 / 文庫 / 2017年5月 / 9784041054956

抗う敵は巨大な権力でもなんでもなくて、ごくありふれた日常です。家族であったり、隣人であったり。やっぱり一番怖いのは日常だということを、これでもかというくらい繰り返しながらも最後にちょっとだけ”光”を見せてくれたりもします。それが深夜の水やりの意味なのかどうかはわからないけれど。案外、巻末にある加藤シゲアキ氏との対談が答えだったりして。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

文楽の落語藝談

逝きし世の面影が

『文楽の落語藝談 長生きするのも芸のうち』 / 桂文楽(8代目) 暉峻康隆 / 文庫 / 2015年5月 / 9784309413730

落語における戦後の名人の1人と称された八代目桂文楽。話のメインは古典落語ですが、八代目は明治25年生まれ。ということは、昔ちょんまげを結っていた大人たちが、幼少期の彼の周りにはたくさんいたということです。「そこに「伊勢のおじさん」というのがいましてね。背は低いんです。あたしより低いんだから。その時分六十ぐらいですね。こう、すわるでしょう。立つときにピシッと音がするんです、骨が。すわるときにもピシリッて音がする。「おじさん、どういうわけで音がするの」「これは石抱かされたんだよ」それでわかったんだ」という、徳川さまにお白洲で石責めの拷問を受けた話など江戸時代の色濃いエピソードが数多く登場します。これを名調子で話すのだから面白くないわけがない。歴史資料としての価値もあるんじゃないかと思います。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

俺様の宝石さ

突然、読みたくなる本

『俺様の宝石さ』 / 浮谷東次郎 / 文庫 / 1985年12月 / 9784480020321

長い人生の中で、突然読み返したくなる本がいくつかある。あの頃の、あの思い出。あの頃の、空気感。理屈では言い表せない思いを託せる、そんな一冊との出会いがあるから読書はやめられないのだ。今(2017年6月)どうしても読み返したい・・・宝石さ!!!

レビュアー:梅津 / リブロ / 男性 / 50代

あひる

リアルとファンタジーの狭間

『あひる』 / 今村夏子 / B6 / 2016年11月 / 9784863852419

どこかで現実にありそうな話。でも、現実にはない話。今村夏子さんの、リアルとファンタジーの狭間でくらくらする感覚が好きだ。名前のないこどもたちと、名前のあるあひる。目的と手段。ざわざわと少しずついびつな形が見えてくる世界は、現実とかぶるような、でもそうであってほしくないような。こんな、心をざわつかせる作品、なかなかない。『こちらあみ子』と合わせて読みたい。『星の子』も発売に。2017年は今村夏子さんから目が離せない。

レビュアー:奥川 由紀子 / Carlova360 NAGOYA / 女性 / 30代

男であれず、女になれない

大雑把かつ強制的な性カテゴリーの暴力性について。

『男であれず、女になれない』 / 鈴木信平 / B6 / 2017年3月 / 9784093885492

男性であることへの違和感がひときわ強く、しかし女性になりたいわけではない。同性愛とも性同一性障害とも違う。著者は、率直に言語化されたタイトルそのままの身体を敢えて選択した。男性器を摘出するも女性器は形成しない。決して容易な処置ではなかった様子も記録されている。衝撃的な内容だ。誰しも「男」「女」という大雑把かつ強制的な性カテゴリーへの違和感には、多少経験があるだろう。私自身「俺」「僕」という一人称には抵抗があり「私」しか使わない。あるいは男性ばかりが集まると途端に始まる猥談も苦手だ。とはいえ著者の困難を想像できるか。過激な結論には批判もありうる。ただ、身体を改造しなければ生きられない程に、この社会の性観念が強固であるなら、他人事ではない。結局この衝撃は、社会の問題を社会の側ではなく個人の側で解決しなければならない苛酷な現実それ自体の、息苦しさによるところが大きい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

SAPEURS

おしゃれで優雅な紳士たちの写真集

『SAPEURS』 / ダニエーレ・タマーニ 宮城太 / A5 / 2015年6月 / 9784861524998

灰色の空の下、通りの向こうから、ピンク色のスーツを着た男が歩いてくる。葉巻をくわえ、踊るような足取りで。彼は、アフリカ、コンゴ共和国の「サプール(おしゃれで優雅な紳士たち)」と呼ばれるファッショニスタなのだ。彼らは、収入の4〜5割を衣服の購入費に充てる。週末に着飾り、街を練り歩くエンターテイナーであり、芸術家であり、その紳士的な振る舞いが周囲の若者の規範になるという。この写真集では、そんな彼らの本気の着こなしが135枚の写真で紹介されている。未舗装でゴミの散乱した路地に、ハイブランドのエレガントなスーツを完璧に着こなした男たちが、カメラに向かって思い思いのポーズを決めている様は衝撃だ。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

アメリカン・スナイパー

読んでから?見てから?

『アメリカン・スナイパー』 / クリス・カイル ジム・デフェリス スコット・マクイーウェン / 文庫 / 2015年2月 / 9784150504274

昨日DVDを改めて鑑賞、そして移動中の電車の中で原作を再読しました。クリント・イーストウッド監督と言えども映像では描き切れないアメリカ海軍特殊部隊SEAL狙撃手クリス・カイルの心の深層の戦闘を感じることができた。ボタン一つで決着がつくといわれている先端の戦争の裏には、最前線で命かける兵士たちの現実が、人間としての善悪の意味を痛切に考えさせられる。ブラックホーク・ダウンも併せてお勧めしたい。

レビュアー:BOOK事業部 稲葉順 / リブロ / 男性 / 50代

いまモリッシーを聴くということ

スミス/モリッシーの文化=政治的意味。

『いまモリッシーを聴くということ』 /  / 四六版 / 2017年4月 / 9784907276799

イギリスのバンド「ザ・スミス」や、そのボーカルの「モリッシー」のことを全く知らないという人には薦めにくい。しかし、どうだろう。『ヨーロッパ・コーリング』や『子どもたちの階級闘争』等を通じて著者の草の根からの問題提起に共感している人なら、これを機にスミス/モリッシーを聴いてみたらいいと思う。もちろん、モリッシーの音楽を既に知っている人なら、この本を読んでスミスのアルバムを最初から全部聴き直したくなること間違いなし。デビュー以来のアルバムを順に取り上げ、その評価や歌詞の読解を通じて、当時のイギリス社会とスミス/モリッシーの関係性を振り返る。おいちょっと待てその解釈は違うだろうと反論したくなる向きもあろうが、それも含めてスミス/モリッシーの価値を再考する契機となる。サッチャー時代のカウンターとしてモリッシーがいたことの文化=政治的意味を再確認する音楽批評。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

なにもしていないのに調子がいい

呼吸で変わる自分の「在り方」

『なにもしていないのに調子がいい』 / 森田敦史 / B6 / 2016年9月 / 9784844374978

人は1日に約3万回の呼吸をしているそうです。吸って吐く。ただそれだけのことですが、この呼吸の質を変えることで、疲れにくく、健康な体が保てるようになると著者は説きます。総じて現代人は呼吸が浅く、しかも無意識の内に呼吸を止めています。パソコンに向かっているとき、人と話しているとき、歩いているときでさえも。息を止めると体はこわばり、そのこわばりが疲労の蓄積につながっています。私も本書で紹介されているメソッドを試してみることで、体の力みが抜け、普段から体が緊張していたことに気付いて驚きました。多くの人に体感してもらいたくなる素晴らしい本です。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

これは経費で落ちません! 2

これで視聴率は落ちません!!

『これは経費で落ちません! 2』 / 青木祐子 uki / 文庫 / 2017年4月 / 9784086801287

森若さんは”2”でも相変わらずです。慌てず騒がず波風立てず、極力平穏無事に治めます。ある意味、絶好調です。何気に”3”に向けて伏線張ってます。これはもう、ドラマ化必須です。順当にコメディ化するもよし、ラブストーリーに味付けするもよし、いっそのこと天天コーポレーションに渦巻く陰謀をシリアスに描いちゃっても面白いかも。主演は、多部未華子さんで。エンディングテーマは、GYZEの「HORKEW」をバックに出演者全員揃ってWODからのサークルで”恋ダンス”に対抗しましょう。もちろんラストはお約束のキメ台詞。「これは経費で落ちません!」

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

勉強も仕事も時間をムダにしない記憶術

フォトリーディングができなくても!

『勉強も仕事も時間をムダにしない記憶術』 / 山口佐貴子 / B6 / 2017年2月 / 978447979568

著者はフォトリーディングという速読法の公認インストラクターですが、本書では、特にフォトリーディングにはフォーカスせず、効率的に記憶力を上げるコツをあれこれ紹介しています。記憶術本としては、特に目新しい内容はありませんが、記憶が感情と強く結びついていること、継続して飽きずに学習を続けるコツなど、学習者のメンタルに気配りした内容が、さすが15年の講師歴を感じさせます。著者曰く「本書で触れているすべての方法でなく、2つ3つ実践できるだけでも、毎日が変わってきます」。確かに、記憶力が上がった方が自分に自信が持てそうです。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

葉で見わける樹木 増補改訂版

気になる木の名前がわかります。

『葉で見わける樹木 増補改訂版』 / 林将之 / B6 / 2010年7月 / 9784092080232

夜空を見上げて星座が見つかると楽しいように、街を歩いて見かけた樹木の名前がわかると意外と楽しいものです。ケヤキ、ユリノキ、ヤマモモ、エンジュetc.でも、バラやチューリップのような派手な特徴がないので、花と比べて樹木の判別は難しいかも知れません。そんなときは、このハンディサイズのガイドブックが役に立ちます。葉の形、葉の付き方をガイド通りに辿っていくと、471種類の樹木の名前と性質がわかるのです。野山や公園はもちろんのこと、庭木や街路樹まで、身近な樹木を網羅していますので、出かける時にバッグにこの一冊が入っていると、散策の楽しみが広がります。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

ふたつのしるし

「海辺のカフカ」にオマージュしてる?

『ふたつのしるし』 / 宮下奈都 / 文庫 / 2017年4月 / 9784344425996

物語の序盤はあまりにもまだるっこしくて、いったいどうなってしまうのだろうと不安になってしまいます。そんなじれったさが続きながらも最後は何とかなってしまうというオチがなんとも心地よいです。1回の失敗で人生が永遠に貶まれ続けるような息苦しい時代にあって、このような物語は救いです。だからこそ疲れた時、ちょっと立ち止まるのにはもってこいの作品です。今度、近くの公園で蟻の行列でも探してみようかという気分になったりします。それにしても、このような作家さんが本屋大賞に選ばれるとは、書店員ってかなり仕事に疲れてる?

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

最愛の子ども

これ以上の小説があっただろうかと思うほどの傑作。

『最愛の子ども』 / 松浦理英子 / B6 / 2017年4月 / 9784163906362

書くべき内容と書ける技術を併せ持った作家の強さ。これ以上の小説があっただろうかと思うほどの傑作が誕生した。あまりに完璧に統制された作品なので、素人の言葉で汚したくない。必要最小限の記述にとどめる。舞台は現代日本。首都圏。高校。登場人物の大半は女子高校生。教師や親、若干の男子高校生も登場する。何より特徴的なのは「わたしたち」という一人称複数。これが実に効果的に使われていて、この内容を書くにはこの方法しかなかったと思わせる。とはいえ人称形式の特殊な実験小説といった仕上がりではない。むしろ文章自体には小難しいところが全くなく、それこそ高校生にも読みやすい青春小説として成立している。おそらくは時間をかけて厳密に選ばれた言葉と表現方法。その成果としての圧倒的な美しさ、鋭さ。1年に1作しか小説を読まない人にも推したい逸品。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

跳びはねる思考

エッセイを読む喜び!

『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』 / 東田直樹 / B6 / 2014年9月 / 9784781612454

エッセイを読むのが楽しいのは、自分以外の人の感性に触れることができるから。普段自分が見落としている何気ない日常の一コマが、著者の文章によって何か初めて触れたような新しいものに生まれ変わって立ち現れる、そんな感動があります。読後には新しい知人が増えたような、世界が広がったような、爽快感のあるエッセイです。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

美徳のよろめき 改版

文春砲の無かった時代に

『美徳のよろめき』 / 三島由紀夫 / 文庫 / 2011年11月 / 9784101050096

「美徳のよろめき」というタイトルは小説家の中の”サービス精神”がウケを狙ったのだろうと思って読み進めていくと、物語の終盤でその答えを見いだしたときに「ああ、そうだったのか」と納得します。女性の”不倫”を描いたこの作品にはしかし、対世間の視点が無く、あくまでも内面の葛藤に終始しています。喧しい今の時代では恐らく書こうと思っても書ききれないことでしょう。こんな時代だからこそ、酒場のマダムの言葉を矢口真理さんとベッキーさんに贈ります。「強くおなりにならなくてはね」

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

Tの衝撃

この発想・・・考えさせられます

『T の衝撃』 / 安生正 / B6 / 2017年2月 / 9784408537009

改憲議論が具体性を帯びてきている中、自衛隊の位置づけについては賛否両論。日本を取り巻く安全保障問題がクローズアップされているが、自衛隊の存在意義やその役割をあくまでもエンターテインメントとして描かれています。よく耳にする、背広組・制服組の組織間の思惑、リアルな戦闘描写。第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞の著者の三作目です。巻末の主要参考文献も書店の棚つくりに役に立ちそう

レビュアー:稲葉 順 / リブロ / 男性 / 50代

台湾の「いいもの」を持ち帰る

台湾の「いいもの」全59点

『台湾の「いいもの」を持ち帰る』 / 青木由香 / 四六版 / 2017年3月 / 9784062998642

「この本には高級なものは何もありませんが、地味でも飽きずに長く使えて台湾の空気ごと持ち帰れるセレクトばかりです。台湾の「いいもの」を買いに、台湾に遊びに来てください。」と冒頭で語る青木由香さんは台湾在住歴14年超。そんな青木さんが台湾で実際に愛用しているアイテムはもちろん、教えたくないものまで紹介する「ものカタログ」です。なんだか旅先で見たことあるようなステンレス製のれんげ、お土産定番のからすみ、パイナップルケーキ、乙女心をくすぐるチロリアンテープなども掲載。地元の人たちが長年愛用する日用品、食料品、衣料品。永遠に変わらない「台湾ベーシック」を持ち帰りませんか? この一冊で今すぐ台湾に行きたくなる!

レビュアー:天神店F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

超速片づけ仕事術

30分で読めて一生役立つ

『超速片づけ仕事術 仕事が速い人ほど無駄な時間を使わない!』 / 美崎栄一郎 / B6 / 2017年4月 / 9784761272494

「超速」「片づけ」「仕事術」。忙しいビジネスパーソンの悩みを解決してくれそうな本書には、「鞄の中を整理しましょう」「PCに付箋を貼るのはやめましょう」など、ビジネス版暮らしのヒントとでもいうべき40のワザが紹介されています。それだけでも役に立つのですが、著者が本当に伝えたいことは、巻末の「おわりに」にあります。仕事のレベルが上がるにつれ、またテクノロジーが進化するにつれ、仕事術の最適解は変わっていきます。ゆえに仕事のやり方の工夫は尽きることがなく、だからこそ仕事は面白いんです。類書の多い「仕事術」本ですが、読む人にとってキラリと光るワンセンテンスがどこかのページに見つかるであろう本書は、良い本だと言っていいと思います。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

これは経費で落ちません!

「経理なんて、経理なんて○○だ〜」って叫びたい

『これは経費で落ちません! 経理部の森若さん』 / 青木祐子 / 文庫 / 2016年5月 / 9784086800822

”2”も概ね好評な「これ経」の第一弾です。”経理あるある”の話しかと思いきや、主人公の森若さんが地味目な設定にもかかわらず、結構アクティブに動き回ってます。もちろん、ガチで経理部を描いたら新書になっちゃうんだけど。だから「あるわけねぇだろ、んなもん!」とツッコむのはやめましょう。舞台となる天天コーポレーションはメーカーだからか、営業部と経理部の確執は意外と少なめです。商売を生業としている会社だったらもっとギスギス感が出て感情移入しやすかったかもしれないけれど、案外、このほっこり感が心地よいです。誤解されても怒りが込み上げても平静を装う森若さんには思いっきり共感しちゃいます。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

勉強の哲学

勉強のすすめ、あるいは自由への誘惑。

『勉強の哲学』 / 千葉雅也 / B6 / 2017年4月 / 9784163905365

同調圧力から外れ、今の環境から自由になるために勉強を深めようと誘うディープ・ラーニングのすすめ。深く勉強するとはどういうことか、その原理をまとめた。著者は2013年刊行の『動きすぎてはいけないジル・ドゥル−ズと生成変化の哲学』で紀伊國屋じんぶん大賞を受賞している哲学研究者。この本も、ドゥルーズの哲学やラカン派精神分析、分析哲学等を背景としたものだが、その学問的な説明は巻末に添えられるだけで、本文は哲学の専門的知識がなくても十分に読める文章になっている。加えて後半の「実践編」には〈「まとも」な本を読むことが、勉強の基本である」〉として、読むべき本の選び方、本の見分け方が書いてあり、学問へのアクセスガイドになっている。敷居は低く、視野は広く。知的であることを楽しむための明るい勉強論。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

本屋、はじめました

それぞれの人生がある

『本屋、はじめました』 / 辻山良雄 / B6 / 2017年1月 / 4908087059

本屋で働くものとして、自分のお店を持つのはあこがれである。ただ、実際に開店を決断するのは難しく、失敗も多いと聞く。そんな中で、彼の開店とその後の成功は、ともに働いたことがあるものとしてとても誇らしく、自分を見つめさせるものであった。

レビュアー:40代男子 / リブロ / 男性 / 40代

マーヤの自分改造計画

「人気者」ってどんな人?

『マーヤの自分改造計画』 / マーヤ・ヴァン・ウァーグネン 代田亜香子 / B6 / 2017年3月 / 9784314011464

パパの書斎で1951年に書かれた『ベティ・コーネルのティーンのための人気者ガイドブック』を見つけたマーヤ。出版されたのは60年以上も前なのにベティ・コーネルはマーヤがひそかに心からほしがっているものを知っていた。それからベティのアドバイスを月に一つ実行する、マーヤの大いなる実験が始まる…。1950年代のアメリカでほんとにこんなことを…?(まぶたにワセリン塗るとか)ということもあるのだけど、一つ一つ実行していくマーヤ。外見だけでなく心もどんどん大人に近づいていく中学生のころを思い出しながら、こんな友達いたら楽しかっただろうなと思わずにいられない!アメリカの学園ドラマそのもののような展開にドキドキしながらもマーヤを応援している自分に気が付くはず。「人気者」って誰にでもなれるの?と聞かれたら「もちろん!」とマーヤは言う。「ほんとうに正しいと思えること」を学んだマーヤの日記、読んでみませんか?

レビュアー:天神店F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

愛しの富士そば

富士そば公認ファンブック

『愛しの富士そば』 / 鈴木弘毅 / B6 / 2017年2月 / 9784800311702

首都圏を中心に展開する立ち食いそばチェーン「名代(なだい)富士そば」。ありふれた立ち食いそば屋と侮ってはいけません。チェーン店なのに各店が提供するメニューに違いがあります。富士そばを経営するダイタンHD(株)は、店舗数が一定数増えるたびに分社化して、互いに切磋琢磨しているのです。さらに、全国の店長がオリジナルメニューを考案することで、新たな立ち食いそば屋の地平を切り開いています。この「チェーン店なのに画一的でない」富士そばの魅力にはまった著者は国内116店舗、海外6店舗を食べ歩き、24時間営業に密着し、製麺会社を探訪し、醤油(カエシ)の秘密を解き明かすため小豆島へ渡ります…。本の価格は、タヌキそばに換算して3.6杯分ですが、これを読むことで、立ち食いそば屋が単に空腹を満たす場所ではなく、様々なドラマのある豊かな世界であることに気付かされるので、立ち食いそば屋に立ち寄る方には一読をおすすめします。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

復活の日

スナックあけぼの橋のポスターって

『復活の日』 / 小松左京 / 文庫 / 1998年1月 / 9784894563735

細菌兵器が漏れて人類が滅亡するというSFです。SFではあるけれど、描写は純文学です。普通だったら世界中に蔓延した細菌によるパニックとそこで闘う人類を細かく描きそうなところを、実にあっさり素通りしています。この小説における細菌はあくまでもプロセスであり、メインの盛り上がりは終盤にやってきます。舞台は1960年代後半。50年経った今こそ再読の価値あるいかにも”左がかっていた京大生”らしい作品です。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

美濃囲いを極める77の手筋

受けて受けて受けまくる!

『美濃囲いを極める77の手筋』 / 藤倉勇樹 / B6 / 2016年2月 / 9784839958442

金2枚と銀1枚が美しく並ぶ美濃囲い。振り飛車党なら必ず組んだことがある人気の囲いですが、組みあがるまでに手数がかからない反面、端攻めに弱い、角のラインに弱い等、弱点が多く、美濃崩しにはいくつもの手筋が研究されています。本書では、藤倉勇樹五段が、横攻め、端攻め、斜め攻め、全ての相手の攻撃を受けて受けて受けまくります!もちろん、ただ受けているだけでは相手玉は詰まないので、攻撃の間隙をぬって突く急所の一手、スリリングな終盤の攻め合いを制する強気な手順を、プロの公式戦の局面も交えながら、丁寧に解説します。この77の手筋をマスターすれば、どんな相手に仕掛けられても、機先を制した受けで攻守に充実した戦いができるようになるでしょう。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

雷神

LOUDNESS、今からアメリカ行くってよ

『高崎晃自伝 雷神 Rising』 / 高崎晃 増田勇一 / B6 / 2015年12月 / 9784845627172

もし違ったジャンルのギタリストだったらもっと高く評価されていただろうと思われるLOUDNESSのギタリスト、高崎晃氏の自伝です。なんてったって”割に合わないメタル”です。幼少の頃から現在に至るまで、余すところなく網羅しています。ただ、内容はそれほどセンセーショナルなものではなく、ロックミュージシャンにしては意外と地味な感じです。カレーが辛すぎたり、シャワーが熱すぎたりという一般ウケする伝説が無い分、ちょっと押しが弱いです。それでも自分の信念に基づいてロックし続けるという、メタルはやっぱり生真面目な人にしか出来ない音楽だということを感じさせてくれる一冊です。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

タルト・タタンの夢

コージーミステリーの快作

『タルト・タタンの夢』 / 近藤史恵 / 文庫 / 2014年4月 / 9784488427047

推理小説に「コージーミステリー」と呼ばれるジャンルがあります。cozy(居心地がいい)の名の通り、日常で起こる不思議な謎を素人探偵が解き明かすライトな読み物です。ハードボイルドとは違い、殺人や暴力沙汰は起きません。本作の探偵役は、下町の小さなフレンチ・レストランのシェフです。店の名は「ビストロ・パ・マル」。「パ・マル」とはフランス語で「悪くないね」。この人を喰ったような名前のビストロには、様々な事情を抱えた人(つまり、普通の人ってこと)が訪れ、不思議な話をします。腕のいいシェフである三舟は、少々偏屈なところがありますが、人の心理をくみ取る力が凄く、客からの話を聞いただけで、その謎を解き明かしてしまうのです。本作には7つの短編が収められ、それぞれに美味しそうな料理が登場します。その描写を読むだけでも幸せな気持ちになれる短編集です。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

花ざかりの森/憂国 改版

銀座のバアのマダムは眠れない(解説より)

『花ざかりの森・憂国』 / 三島由紀夫 / 文庫 / 2010年4月 / 9784101050027

”時は来た、それだけだ”。美輪明宏氏が”怪物”と評した三島由紀夫氏の自薦短編集です。なんてったって自薦です。驚くほど多彩でミクスチャーな内容です。フランス人が好みそうな純文学もあれば、筒井康隆氏の短編集に載せてもおかしくない荒唐無稽なものもあります。そして圧巻の「憂国」です。”いかにも”といった感じです。タイトルだけ見て”嫌いにならないでくださ〜い。”という純度100%の美しさがあります。解説が三島氏本人なので書き手の意図と読む側の感覚の乖離が見えて、さらに面白いです。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

古代人と夢

『古代人と夢』 / 西郷信綱 / 文庫 / 1993年6月 / 9784582760019

夢うつつ、夢まぼろし・・・夢ってなに?過去から現代まで人間を動かしてきた原動力はなにか。ただ生きるのではないなにかを問いかけてくれる、そんな本です。

レビュアー:梅津 豊 / リブロ国領店 / 男性 / 50代

仕事で数字を使うって、こういうことです。

数字が苦手なビジネスパーソンへ。

『数学女子 智香が教える 仕事で数字を使うって、こういうことです。』 / 深沢真太郎 / B6 / 2013年8月 / 9784534050977

著者の深沢真太郎は「ビジネス数学」を提唱する教育コンサルタント。「ビジネス数学」とは著者の造語で、論理思考と数的思考を用い、ビジネス上の課題を数学的に解決する便利な知識です。いい仕事をするには、感性だけでなく、数字が大事というのは、多くのビジネスパーソンが同意する事実。しかし、数字に苦手意識をもつビジネスパーソンが多いこともまた事実です。そんな方には、中堅アパレル企業の営業部を舞台に、数字を用いることでビジネスが好転していくストーリーを楽しみながら数的感覚が身に付く本書をお薦めします。「私の人生のテーマは、数字が苦手な人を0(ゼロ)にすることだ」と宣言する深沢真太郎渾身の一冊。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

沈める滝 改版

「沈める滝」って卍だよね〜

『沈める滝』 / 三島由紀夫 / 文庫 / 2004年4月 / 9784101050119

2016年は夏目漱石氏の年でした。2017年は是非とも三島由紀夫氏の年にしたいです。なんてったって三島氏の小説はストーリーが面白いんです。そんな中でも最強にポップなのがこの「沈める滝」。実に娯楽小説です。裏ではちょっぴりダーティーだけど、表向きは爽やかで謙虚な好青年という主人公がメッチャカッコイイんです。文学云々ということは抜きにして、表面だけ読んでも十分面白いです。あまり難しく考えず気軽に読んでいただきたい作品です。ちなみに、映画化するなら主演は亀梨和也さんで。

レビュアー:加藤永人 / リブロ / 男性 / 50代

こんなことも知らなかった信州の縄文時代が実はすごかったという本

ほんとにすごい

『こんなことも知らなかった信州の縄文時代が実はすごかったという本』 / 藤森英二 / A5変 / 2017年3月 / 9784784072996

縄文時代の日本の文化は、かなり高かったといわれているが、結構知らないことが多かった。この本を読んで目からウロコの思いがする。知らないことが多い自分だが、こうして新しい発見をさせられる本との出会いがあるから、書店人はやめられない。

レビュアー:梅津 豊 / リブロ / 男性 / 50代

LGBTを読みとく

研究・学問の存在意義や効能を実感させる入門書。

『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』 / 森山至貴 / 新書 / 2017年3月 / 9784480069436

ちくま新書には、上野俊哉と毛利嘉孝による『カルチュラル・スタディーズ入門』という名著がある。難解な現代思想を背景にして幅広い領域に広がるカルチュラル・スタディーズの論文を読みとくには専門的なトレーニングを要するが、そのような蓄積のない読者に対しても、カルチュラル・スタディーズの意義や重要性を実感させるように書かれた入門書だ。現場感覚に支えられた実例紹介と旗幟鮮明な理論解説が、絶妙なバランスで読みやすさと読み応えを両立させている。全く同じことが、この『クィア・スタディーズ入門』にも当てはまる。この分野ではこれまでにない決定的な入門書が登場したと言っていいだろう。性の多様性に「理解ある」と思っている人にも新たな視点からの問い直しを迫る。学問ならではの、刺激がある。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ザ・コーチ

あなたの夢は、なんですか?

『ザ・コーチ 最高の自分に気づく本』 / 谷口貴彦 / 文庫 / 2016年11月 / 978409470012

問いを与えられると人間の脳は自動的に考え始めるようにできているらしい。この人間の本質に根ざしているのがコーチングの素晴らしいところで、あらかじめ決まった答えを教えるティーチングとは違うのです。しかし、人は質問の内容だけでなく、その質問が発せられた状況についても反応する生き物なので、コーチとコーチされる人との間には事前の信頼関係が必要。そこがコーチングの難しいところです。この小説では、主人公が公園で不思議な老人と出会うところから始まり、二人は最初から互いに申し分のない信頼を寄せあうので読んでて「え?」と思うのですが、そこさえ飲み込めば、あとは目標設定の大切さや視点の変換、思考の広げ方が主人公の成長と共によく分かるようにできており、また何度読んでも新たな気づきが得られる不思議な読後感の小説です。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

二つの政権交代

政治学が発見した日本政治の「変化」について。

『二つの政権交代』 / 竹中治堅 / B6 / 2017年2月 / 9784326351701

なぜ民主党は選挙で負けることがわかっていながら消費税の増税に踏み切ったのか。そして、その後を引き継いだ安倍政権はなぜ高い支持率を保っているのか。この現代日本政治に関わる2つの大きな謎を解くためには、自民党→民主党→自民党と移行した2つの政権交代の「中身」を探る必要がある。本書は、2つの政権交代を通じて、政策はどれくらい変わったのか/変わらなかったのか、あるいは、政策決定過程はどのように違うのか/違わないのかを明らかにしようとする第一線の政治学者たちによる論集で、民主党政権と安倍政権が意外にも多くの点で連続的だと論証する。永田町・霞が関を舞台にした政治劇としてもおもしろく読め、政治学の専門的な知識を持たない読者にも薦められる。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

土漠の花

これってフィクションとしてはリアルすぎ

『土漠の花』 / 月村了衛 / 文庫 / 2016年8月 / 9784344425125

2015年、安保関連法が採決された1年前、幻冬舎から発売された。と、前置きをしたうえで。登場する自衛官達の過去の繋がりや自身の生い立ちを物語に絡めつつ一級品のアクション活劇として楽しめる。銃器のディテール・自衛隊用語もリアルに描かれ、読み進めていく中で場面場面の映像が頭の中でとても明瞭に浮かんでくる。是非、映画化してもらいたい。あくまでもフィクションではあるのだが、物語の最後に描かている、全ての事実は公にはされないシナリオが現実にあるのではないかと感じさせられる。

レビュアー:稲葉順 / リブロ/BOOK事業部 / 男性 / 50代

この地球を受け継ぐ者へ

「旅」ではなく「冒険」

『この地球を受け継ぐ者へ』 / 石川直樹(写真家) / 文庫 / 2015年6月 / 9784480429391

石川直樹が22歳で参加した人力地球縦断プロジェクト「P2P」の全記録で彼のデビュー作。様々な国から来た若者8人が北極から南極まで人力で移動しながら、地球と真正面から向き合い、環境保護活動をする…文章で書けば「そうなんだー」かもしれないけれど、日記をそのまま収録したこの作品から感じるものはそんな単純なものではない。赤裸々に描かれた記録はヒリヒリするような若さにあふれ、読んでいて苦しくなることも。社会問題や環境問題(もちろん恋や友情も!)について考え、答えて、葛藤する。そしてふと場面が変わると美しい風景がひろがる…あぁ若かりし石川直樹はこんなにまぶしかったのだ。良い本です。

レビュアー:天神店F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

星を継ぐもの

名作は名作

『星を継ぐもの』 / ジェームズ・P.ホーガン 池央耿 / 文庫 / 1980年5月 / 9784488663018

何度読み返してもおもしろい。とにかく面白い。なにがなくてもオモシロイ。シリーズ化されてますけどこれが一番。SFであり、ミステリーであり、一流の物語です。ちなみに私は、ラストで泣けました。

レビュアー:梅津 豊 / リブロ 国領店 / 男性 / 50代

大日本帝国の興亡 1 新版

お待ち申し上げておりました

『大日本帝国の興亡 1』 / ジョン・トーランド 毎日新聞社 / 文庫 / 2015年6月 / 9784150504342

J・トーランドといえば戦記作家として、K・ライアンとともに私の好きな作家であります。昔々読んだ記憶があるこの本を、気軽に電車の中で読める愉悦がなんともいえぬ快感であります。内容的にはとても重いものがありますが、読んで損はない内容です。文庫全5巻という中に、日本の、そしてアメリカのあの時代の一片が凝縮されています。

レビュアー:梅津 豊 / リブロ 国領店 / 男性 / 50代

横綱

横綱目線で語ります

『横綱』 / 武田葉月 / 文庫 / 2017年1月 / 9784062934299

稀勢の里が72代横綱に昇進し、17年ぶりの四横綱時代に沸く相撲界。その頂点に立つ横綱とはいったいどんな人たちなのか。本書では若乃花(初代)から71代鶴竜まで総勢22人の横綱が登場し、生い立ちから入門、初土俵から現在までの心境が赤裸々に語られる。「一度も優勝しなかった双羽黒」「優勝決定戦で貴乃花に敗れた武蔵丸」「『僕はなんか日本というものに負けてしまったように思うのです』と語る朝青龍」…全員が個性的で誇り高く、胸を打つエピソードが多いんです。脈々と受け継がれる力人の系譜にふれることで、相撲の世界の奥深さが感じられます。

レビュアー:木下義範 / リブロ / 男性 / 40代

ザ・議論!

保守でもリベラルでも、立場を問わず勉強になる一冊。

『ザ・議論』 / 井上達夫 小林よしのり / B6 / 2016年11月 / 9784620324210

一般的な知名度では小林よしのりの圧勝だろう。ただ、法学クラスタにおいて井上達夫といえば超の付く大物。日本のリベラリズム研究をリードする法哲学の最強カードだ。そして今、井上達夫の勢いが止まらない。2015年刊『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(通称リベリベ)から始まり、その第2弾『憲法の涙』、そして今度は小林よしのりとのガチ対談だ。最近は『朝まで生テレビ』にも出演するようになって、やけに露出が多い。サントリー学芸賞や和辻哲郎文化賞を受賞している学界のエリートを「論壇」に引っ張り出した毎日新聞出版の編集担当者・志摩和生には頭が下がる。注目を集める「憲法9条削除論」については「井上達夫の改正案」として具体的な条文案を掲載。保守でもリベラルでも、立場を問わず勉強になる一冊。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

なにのせる?

おいしいキオクは宝物

『なにのせる?』 / 鹿児島睦 ギャラリーフェブ / B4 / 2017年1月 / 9784579212903

きょうのおやつはなにのせる? 動物や植物が描かれた、陶芸家・アーティストの鹿児島睦さんの楽しいお皿に、いがらしろみさんやなかしましほさんら10人の料理家たちが見るだけで「うわぁ〜」と思わず声が出そうなおいしいおやつをのせました。お皿の中から飛び出してきた動物たちが案内人となり「なにのせる?」と問いかけます。登場したお皿の紹介、おやつのレシピつき。絵本仕立てのかわいくて美しい本、おやつ好きのお友達へのギフトにいかがでしょうか。

レビュアー:天神店F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

あなたのために 続

「いのちを支える」

『あなたのために 続』 / 辰巳芳子 / B5 / 2017年2月 / 9784579212910

お料理本の超定番『あなたのためにいのちを支えるスープ』から15年。「古来馴染んできた「お粥、おじや、重湯」は立派なポタージュ」と辰巳芳子さんは気が付きます。そして待望の第二弾となる、お粥のスープ性を分析、提案した『続あなたのために』が発売されました。季節ごとのお粥メニューは旬のものを使い、目にも体にも優しい。お粥に添える「箸休め」のレシピが載っているのもうれしいポイント。がんばって作れますお粥なのにこんなにおいしそうでいいの?というメニューがたくさん。表紙の絵はジョルジョ・モランディ。美しい本です。

レビュアー:天神店F / リブロ福岡天神店 / 女性 / 30代

本屋、はじめました

小さな本屋の「運動理論」。

『本屋、はじめました』 / 辻山良雄 / B6 / 2017年1月 / 9784908087059

東京・荻窪の小さな本屋「Title」は、まず経営理念がすばらしい。「書物を扱う事業を通し、個の多様性を確保した、豊かな社会づくりに貢献する」とある。その理念をどのような手法で実現するのか。この本に書かれている起業物語をそのような目で読んだとき、ロマンティックなリアリストである著者の「運動理論」が見えてくる。尚、「元リブロ」の書店員が書いた本としては他に、ちくま文庫『書店風雲録』や、論創社の『「今泉棚」とリブロの時代』『リブロが本屋であったころ』等がある。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

浮遊霊ブラジル

七つの短編が織りなす、「日常」と「非日常」

『浮遊霊ブラジル』 / 津村記久子 / B6 / 2016年10月 / 9784163905426

表題作「浮遊霊ブラジル」は、初の海外旅行を目前に亡くなった男性の、「浮遊霊」としての数奇な日常を追う。そこに微塵のホラーなどなく、こんな浮遊霊なら一度はお会いしたく。その筆致は軽快で、まるでラテン音楽を聴いているかの如く綴られており、常にコミカルでクスッと笑える。2013年川端康成文学賞受賞作の「給水塔と亀」は、定年を迎えた独り身の男の、故郷への引っ越しから始まる。数十年前に過ごした場所、男が果たして何を求めて再びこの地を選んだのか。その新しい住まいに、微かな記憶の残る給水塔が浮かび上がり、亀が砂を歩く。淡々とした文章の中に、郷愁と実存がないまぜになり、グンと背中を押す力強さが不思議と感じられる。全編に通底する、少し斜に構えつつも暖かい眼差しは、疲れた日常の大いなる清涼剤になること間違いなし。

レビュアー:小熊基郎 / リブロecute日暮里店 / 男性 / 30代

「トランプ時代」の新世界秩序

政治学者の冷静と情熱のあいだ

『「トランプ時代」の新世界秩序』 / 三浦瑠麗 / 新書 / 2017年2月 / 9784267020766

大統領選挙のかなり早い段階からトランプ現象を軽視してはならないと警告していた国際政治学者による選挙後緊急出版となるトランプ分析。賞賛でも非難でもなく「理解」のためのアプローチで、トランプ大統領誕生の意味に迫る。冷静な分析の一方で、党派的な対立構図に目を奪われて見逃しがちな政治家の欺瞞を手厳しく暴く著者の正義感は熱い。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

弱いつながり

紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作

『弱いつながり』 / 東浩紀 / 文庫 / 2016年8月 / 9784344425019

斬新で挑発的な提案を次々繰り出す、現時点でおそらく最強のオピニオン・リーダーが、平易な言葉で自身の思考体系をエッセイ風にまとめたこの本は、彼の多様な言動をひとつの筋に統合してくれる便利な「東浩紀入門」になっている。アーキテクチャに支配され、ネットワークに縛られたポストモダン型の不自由から逃れることは可能か。現代のテクノロジーと人間の弱さをともに否定せず、やせ我慢のない「正直な」思想を貫く東浩紀は、ここで「観光」をキーワードにして、その方法論を示唆してみせる。これは、現代哲学最前線に現れた新しい「自由論」であり、また、自由の哲学者・東浩紀の、名刺代わりの一冊だ。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

日本に絶望している人のための政治入門

「新しい論壇」をリードする国際政治学者

『日本に絶望している人のための政治入門』 / 三浦瑠麗 / 新書 / 2015年2月 / 9784166610105

アベノミクス、集団的自衛権、沖縄問題、ロシア情勢、中東和平など、時事的なテーマを取り上げながら、現代政治の「構造」を解き明かす。賛成/反対の党派的な綱引きからは距離を置き、核心的な論点を見抜くための「読み方」を示す。それが、ニュースでよく聞く政治の話とは随分違うので刺激的だ。自らの立ち位置はリベラルとしながら、日本の左派に手厳しい。歴史認識や安全保障の観念論に費やすエネルギーを、例えば非正規労働問題にもっと分配せよと強く求める。イデオロギー闘争から、合理的な問題解決思考へ。「新しい論壇」のトレンドと符合している。冷徹な分析と具体的な政策提言。思考停止を許さない「学び」の先に、希望がある。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

書店風雲録

書店におけるリベラリズムのゆくえ

『書店風雲録』 / 田口久美子 / 文庫 / 2007年1月 / 9784480422989

90年代にリブロからジュンク堂に移籍した書店員が、リブロ在籍中の内情をエッセイ風に書いた本。当時は、300坪もあれば立派な大型書店だった。「何でもある書店」などなく、あっちの書店にはないものが、こっちの書店にはある。だからリブロは、老舗の主流派書店とは違った品揃えで、新興の潮流や、異端、周縁、マイノリティへの近接を表現できた。しかし、売場拡大競争が進むと、その全てを包含するメガストアに優位性が移った。そのとき、田口がジュンク堂への移籍を選んだのは、まさに慧眼だった。その後、書店におけるリベラリズムの発現は、面積一番店を志向するジュンク堂がリードした。近年、カフェ併設、イベント重視の小型書店が注目を集めている。書店における、コミュニタリアンの隆盛と言っていいだろうか。時代が変われば、書店も変わる。その変化が、単なる状況追随ではなく、自由創造的なものであれば、きっとおもしろい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

保育園義務教育化

リベラリスト古市憲寿、本気の政策提言。

『保育園義務教育化』 / 古市憲寿 / B6 / 2015年7月 / 9784093884303

子どもを育てるのは「家族」の責任か「社会」の責任か。保守とリベラルの象徴的な対立点だ。民主党政権の「子ども手当」は、育児の「社会化」を進めようとした政策だった。本書の提案も、その延長線上にある。いろいろ誤解されやすい人ではあるが、リベラリスト古市憲寿として本気の政策提言だ。社会学者らしく、保育園待機児童問題がなぜ解消しないのか、その社会思想的背景を炙り出す。日本社会の保守的な(昭和的な)家族観が障壁になっていることを示して、その非合理性を明らかにする。主張の根拠は、少子化、労働力不足など日本社会が抱える問題を解決する手段としての合理性だが、「お母さん」を大事にしない国への怒りと、女性への共感に満ちた本。古市の優しさが滲み出ている。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

ネンレイズム/開かれた食器棚

「私を束ねないで」

『ネンレイズム』 / 山崎ナオコーラ 山崎ナオコーラ / B6 / 2015年10月 / 9784309024165

山崎ナオコーラの小説は、いつも「私を束ねないで」と訴える。本作ではまず「年齢」による区分を問う。常識や先入観をそのままにせず、ほぐして開いてみせる。その手つきは、作品を重ねるごとにやさしくなっている。強いメッセージが物語によく馴染んで、浸透力を増している。やわらかい空気の中で、自由についての哲学が研ぎ澄まされていく小説。「個人の尊重」を1ミリも諦めることなく、同時に自己を絶対視する教条主義にも警戒する。ときに揺らぎ変化する「個」の多様性が最大限尊重される倫理を探る。古今の自由論が密かに編み込まれている。こんなにふんわりとしたタッチで、ここまで書けるのか、ここまで迫れるのかと驚きながら読んだ。一見かわいらしいが、ラディカルな哲学小説だ。作家は慎重に選んだ言葉で、世界を書き換える。私たちは、更新された世界を生きよう。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

経済的徴兵制

安保問題を生活感覚にぐっと引き寄せる。

『経済的徴兵制』 / 布施祐仁 / 新書 / 2015年11月 / 9784087208115

「集団的自衛権の次は徴兵制では」との声もあるが、多くの先進国で徴兵制は採用されていない。アメリカを含め、志願兵制度が一般的だ。しかし、無条件の自由意志によって入隊を希望する志願者に恵まれるわけではない。貧困層の若者が経済的理由から軍役を選ばざるをえない状況がある。これを「経済的徴兵制」という。本書は、外国の軍隊や自衛隊の隊員募集手法に注目し、兵役と階層の強い関連が、国や時代を超えて一般に遍在していることを明らかにする。著者は、志願兵制度の基本構造として「経済的徴兵制」が不可避だとして、それでも専守防衛の範囲を超えて自衛隊の「参戦」可能性を広げるべきかと問う。遠くの戦争にも何らかの「国益」があるとして、そのために貧困層の若者を「資源」として「消費」していいのかと問う。「公」の安保問題を「私」の生活感覚にぐっと引き寄せる接点がここにある。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

性風俗のいびつな現場

「最底辺風俗の社会学」あるいは「風俗福祉論」。

『性風俗のいびつな現場』 / 坂爪真吾 / 新書 / 2016年1月 / 9784480068682

著者は東大・上野千鶴子ゼミの出身で、障害者に対して射精介助サービスを提供する非営利団体「ホワイトハンズ」の代表理事。社会福祉の専門家だ。当初この本は「風俗福祉論」という仮題で企画されていた。「最底辺風俗の社会学」というタイトル案もあったらしい。つまり、そういう本なのだ。風俗と福祉を同じ地平で捉えて、その「間」に潜む問題を可視化する。福祉制度の不足を性産業が補っている現実から目を背けずに、両者の連携、風俗の「社会化」を提起する。性労働の実態を別世界の物語として遠くに見るのではなく、同じ社会の問題として身近に引き付けて考える点で、他の風俗ルポとは性質が異なる。著者は「女子」「彼女」「嬢」等、女性を示す名詞を書名に入れないことにこだわった。同じ編集者と組んだ既刊『男子の貞操』と同様、性の語られ方を問う言説批評としても挑戦的。読んだ人の反応が気になる本である。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

代議制民主主義

「自由主義」と「民主主義」の緊張関係に着目。

『代議制民主主義』 / 待鳥聡史 / 新書 / 2015年11月 / 9784121023476

『首相政治の制度分析』でサントリー学芸賞を受賞している京大政治学の看板教授が、初めて一般読者向けに著した政治制度論。この本で説明される政治学的知見は多岐にわたるが、中でも現在のわたしたちにとって有用なのは、自由主義と民主主義のバランスに着目する視点だろう。権力の集中を防ぎ、多様な利害の相互牽制によって偏った政策決定を排除し、結果として人々の自由を守ろうとする「自由主義」と、有権者の意思=民意が政策決定に反映されることを何より重視する「民主主義」との間には、一定の緊張関係がある。この2つの理念を調合しながら政治を安定化させる機能において、代議制民主主義の意義が積極的に見いだされる。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

1980年代

80年代の歴史的意義を問う。

『1980年代』 / 斎藤美奈子 成田龍一 / B6 / 2016年2月 / 9784309624891

80年代は「戦後」あるいは「近代」の終わりの始まりだった。終わりゆく時代は未だ色濃く、それゆえに新しい時代の躍動が際立った。本書は、あの時代の歴史的意義を問う視座に立ち、80年代の思想、文化、政治、社会を幅広く多角的に描き出す論集だ。懐かしい固有名詞が並び、多彩な執筆陣それぞれの80年代が連なって、読者の記憶を呼び起こす。それだけで十分に楽しい読み物だが、編者にはおそらく「戦後(近代)」を破壊しようと企てる現在の政権に対抗して、別のしかたで、ポスト戦後を構想する意図があり、ただの昔話では終わらない。その迫力が本書の最大の魅力だろう。大澤真幸、斎藤環、平野啓一郎、高橋源一郎それぞれと編者2名による4つの鼎談が、基調を示す。また、大澤聡「八〇年代日本の思想地図」がおもしろい。若い世代には巻末の「1980年代ブックガイド」が役に立つ。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

分断社会を終わらせる

学問への畏敬を再認識させられる。知的執念に感動。

『分断社会を終わらせる』 / 井手英策 古市将人 宮崎雅人 / B6 / 2016年1月 / 9784480016331

高い支持率を誇る政権でも増税は難しい。社会保障(再分配政策)が「バラマキ」と非難されることも少なくない。なぜか。それは、この社会の基盤となるべき「信頼」が脆弱で、不安や疑心暗鬼の中で自己防衛に走るほかない生き方を強いられているからではないか。つまり私たちは巧妙に「分断」されていて、競争を強いられ、疲弊しているからこそ、誰かが救済されることになかなか寛容になれないのではないか。この本は、『経済の時代の終焉』で大佛次郎論壇賞を受賞した経済学者が、経済学と財政学の知見を用いて、発想の転換を迫る提言書である。自分には「受益」がなく「負担」ばかりだと思えば、租税抵抗が強まり、増税への同意は「分断」される。だから「誰もが受益者」になるよう制度を設計しなければならない。受益者の範囲を広く設定できないか。希望の構想は、きわめて実務的に組み立てられていく。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

憲法9条とわれらが日本

良質な知識人による刺激的な9条論。

『憲法9条とわれらが日本』 / 大澤真幸 / B6 / 2016年6月 / 9784480016393

法哲学者の井上達夫は、「9条削除論」を唱える。安全保障政策を憲法から切り離し、民主的決定に委ねると同時に、戦力濫用を防ぐための統制規範として徴兵制導入を提案する。徴兵制には政府の無責任な好戦的政策を抑止する効果があるとの立場だ。文芸評論家の加藤典洋は、自衛隊を国土防衛と国連協力の2つに分けて憲法上の組織とする「新9条論」を提起する。同時に治安出動の禁止、非核三原則、米軍基地の撤廃も憲法条項とする。保守主義を標榜する政治思想史研究者・中島岳志は、前文で絶対平和主義を掲げつつ、9条では自衛隊の存在を明記して、その権限範囲を明確に定めるべきだと主張する。そして、社会学者の大澤真幸は、絶対平和主義条項としての9条を遵守する立場を表明し、さらに国際紛争を解決するための方策として、積極的中立主義と国連改革を提案する。平和主義=護憲ではない、様々な可能性が示され、思考を深める契機となる。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

本屋がなくなったら、困るじゃないか

新しい時代に相応しい出版流通のすがたとは。

『本屋がなくなったら、困るじゃないか』 / ブックオカ / A5 / 2016年7月 / 9784816709227

本は、著者→出版社→取次→書店→読者と、書き手から読み手に届けられる。このしくみ全体を出版流通と呼ぶとして、これがいま制度疲労を起こしていると繰り返されてきた。要は、毎日発売される「雑誌」を全国の書店=読者に届けるしくみとして整備された戦後日本の出版流通システムが、雑誌不況の時代において、変化対応を迫られている。事実、出版物全体のうち、いわゆる「本」の売上は下げ止まりつつあるが、「雑誌」の低迷は今後も続くと予想されている。それは、インターネット以後の情報革命による構造的な変化だ。では、新しい時代に相応しい出版流通のすがたとは、いかなるものか。出版社、取次、書店の各セクションから論客が集まり、いわば「出版流通の構造改革」をテーマに話し合った11時間強の座談会は、業界紙の編集長から紹介されたドイツの事例をひとつの重要なヒントとしながら、具体的なアクションへと展望を開いて終わる。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

青が破れる

小説ならではの達成に震えた。

『青が破れる』 / 町屋良平 / B6 / 2016年11月 / 9784309025247

「文藝賞」は、山崎ナオコーラ『人のセックスを笑うな』、中村航『リレキショ』、綿矢りさ『インストール』、鈴木清剛『ラジオデイズ』といった青春小説の傑作を多数掘り出してきた。とりわけ、乾いた現代語で屈折を緻密に記述し、日常の不穏を丁寧に炙り出すような作風の、「さわやかなへんたい小説」とでも呼びたくなるような作品が多い。その最前線に、町屋良平が現れた。表題作は第53回文藝賞受賞作。約100頁と短い。主人公はボクサー志望だが、弱い。将来の展望も不明瞭だ。しかし、それ以上に周囲の不健康が勝る。対比的に、凡庸なまでの健康が主人公の輪郭として見えてくる。自律/依存、強さ/弱さ、生/死といったテーマが低温の文章でじわじわと描き出される。いや、そんなに単純ではない。短くとも豊かなテクスチャーがこの作品の魅力だ。言葉にできないことが言葉になっている、その小説ならではの達成に震えた。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

商業空間は何の夢を見たか

都市=商業のデザインを支える設計思想の現代史。

『商業空間は何の夢を見たか』 / 三浦展 藤村龍至 南後由和 / A5 / 2016年9月 / 9784582837391

パルコ出身のアナリスト・三浦展が、カウンター・カルチャーとしてのパルコをあらためて日本の精神史に位置付け、社会学者の南後由和が、「日本的広場」論の経緯を踏まえた渋谷(パルコ)論を展開し、建築家の藤村龍至が、自身が住んでいた埼玉県所沢市の「新所沢パルコ」を出発点にして西武グループの建築史を振り返る。80年代のセゾングループが盛況だった時代を、経済史的・文化史的に記録する文献は既に多い。この本のおもしろさは、その前史と後史、つまりパルコに流れ込んだ思想の源流と、現在の都市=商業が直面している状況を繋げて論じている点にある。都市=商業のデザインを支える「コンセプト」とは、私たちの生活空間をどういうものにしたいのか、その設計思想そのものだ。60年代以降の思想史の末端に、現在の私たちの闘争局面を描き出そうとする本として、むしろ若い世代に薦めたい。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

リリース

究極のジェンダーフリー社会?

『リリース』 / 古谷田奈月 / B6 / 2016年10月 / 9784334911287

同性愛者がマジョリティになった世界を、近未来小説仕立てで描く。国営の精子バンクを媒介とした人工授精が生殖を保障し、人々の生き方は爆発的に多様化。生殖目的の男女交際が不要になった世界で「男らしさ」「女らしさ」は前時代的な価値として敬遠され、性からの解放が謳歌される。先進的な価値観は都市から広がる。農村部に残る「古い価値観」、例えば「根っからの女好き」は、抑圧の対象となる。牧場で育った青年の、日に焼けた筋肉だらけの体つきが「ポルノモデルかセクシストの残党だ」と非難される件は示唆的だ。PC=ポリティカル・コレクトネスをめぐる摩擦や齟齬、それこそトランプを大統領にまで押し上げるアメリカ中間層の不満や、日本のネット社会に広がる「反リベラル」言説の攻撃性を連想させながら、物語は精子バンクの組織や運営に絡んだサスペンスとして進む。

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昨夜のカレー、明日のパン

脚本家・木皿泉の小説デビュー作。

『昨夜のカレー、明日のパン』 / 木皿泉 / 文庫 / 2016年1月 / 9784309414263

ちょっと不思議な設定。でもリアルな生活感。そして、なんといっても「リベラル」。この押しつけがましくない希望。正しき「大人」に読んでもらいたい小説です。

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昼田とハッコウ 上

社会のあり方を定義するように進む物語。

『昼田とハッコウ』 / 山崎ナオコーラ / 文庫 / 2015年9月 / 9784062931977

昼田くんとハッコウくんは、東京のある街の本屋さんで働く二人組。でも山崎ナオコーラ作品なので「この世は二人組ではできあがらない」!人と人との関係、つまり社会のあり方を、ひとつひとつ丁寧に定義していくように慎重に言葉が選ばれて、物語は進みます。書店の実務に詳しく「お仕事小説」のようにも読めますし、家族経営の商店を舞台にした「家族小説」のようにも読めますが、仕事や結婚や子育てなどの意味を言葉によって確認しながら、徐々に「この世界」が構築されていく「哲学(価値観)小説」としても読み応えのある作品です。そしてその問題提起は、「社会派」でもあります。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

統治新論

確かに、時代が哲学を求めている。

『統治新論』 / 大竹弘二 國分功一郎 / B6 / 2015年1月 / 9784778314262

ホッブズ、ロック、ルソー、シュミット、ベンヤミン、フーコーといった哲学・思想の蓄積に学びながら、現代の権力についてラディカル(根源的)に考える政治対論。近代政治哲学が立法権を中心に考えてきたこと(例えばロック『統治二論』)の限界を指摘し、行政の民主的コントロールを焦点化する國分功一郎の素朴な問いかけに、大竹弘二は政治哲学の成果を踏まえて理論状況を整理してみせ、さらに統治が国家の手から離れていく新自由主義化(民営化、外部委託)の流れに着目する。「行政権の肥大と民主主義の機能不全」は決して新鮮なテーマではない(この本では行政学の知見にほとんど触れていない)。しかし「立憲主義」が現実政治の争点になるほど近代の原理が揺らいでいる今、この対論のように歴史を遡り、権力の正統性を根源から考え直して現代に繋ぐ哲学の力が「役に立つ」。確かに、時代が哲学を求めている。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

下流老人

誰にでも下流化の可能性がある。

『下流老人』 / 藤田孝典 / 新書 / 2015年6月 / 9784022736208

著者は、埼玉でホームレスなどの生活困窮者を支援しているNPO「ほっとプラス」の代表理事。「病児保育」の駒崎 弘樹や「ブラック企業」の今野晴貴と年齢が近く、次世代福祉系オピニオンリーダーの一人として注目されている。「下流老人」とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」で、現在その数600〜700万人と推定され、今後も一層広がっていくと予想されている。この本では、高齢者貧困問題の実態、発生要因、社会的影響範囲、予防策、制度的対策などが網羅的に記述されていて、全体像の把握に役立つ。読んでわかるのは、誰にでも下流化の可能性があるということ。そういう社会構造になっている。老後の心配はまだ早い、あるいは既にいま生活が苦しく老後の心配どころではないと思っている若い人ほど今のうちに読んでほしい。社会構造を変えるには、若い人の政治参加が欠かせない。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

子どもの頃から哲学者

なるほど、哲学が役に立つとはそういうことか

『子どもの頃から哲学者』 / 苫野一徳 / B6 / 2016年6月 / 9784479392712

哲学史の初級入門書や、あるいは哲学の一部を切り取って面白おかしく紹介する類のエッセイは、既にたくさんある。しかし、哲学そのものの有用性、つまり「哲学は、役に立つ」ということを、誰にでもわかるように書き、哲学の「学」としての魅力をこんなにも豊かに伝える本は、珍しい。なにより、ちょっと面倒な、悩める学生だった著者本人が哲学に出会って救われる体験談の説得力に、たいていの本は敵わない。多くの人には、生きる上でヘーゲル哲学を切実に必要とする場面など想像もできないが、この本には、その生きた実例が笑い話のように書いてある。なるほど、哲学が役に立つとはそういうことか、と納得できる。だから、最後に示される哲学の二大原理(「欲望相関性」「相互承認」)について、もっと知りたい、それについて学べば、私の問題や社会の問題が「解ける」のではないかと思ってしまう。ここまで哲学の可能性に期待させる本もなかなかない。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

東京どこに住む?

「住」に着目して最新の都市文化を描出。

『東京どこに住む?』 / 速水健朗 / 新書 / 2016年5月 / 9784022736666

日常生活やサブカルチャーの消費の中に政治や階級問題を見出すフィールドワークを「カルチュラル・スタディーズ」と呼ぶならば、速水健朗の一連の仕事、例えば『ケータイ小説的。』や『ラーメンと愛国』はまさに日本版カルチュラル・スタディーズの代表作と言うべきだろう。米国ポートランドに象徴的な新しいライフスタイルを参照しながら、現代日本の食文化・食意識を分節化した『フード左翼とフード右翼』に続き、本作では「住」に着目して最新の都市文化を描出する。ここでも日常に潜む「意識」を言語化し、決して一様ではない社会の実相を、つまり「格差」や「分断」を浮かび上がらせ、私たちがたとえ無自覚であっても十分に政治的な存在であることを示す。とはいえ告発や糾弾の書ではない。その発見をニヤリと楽しむ知的な悪戯として受容するクラスタが想定読者層だろう。ほぼ同時刊行の『東京β』も併読推奨。

レビュアー:野上由人 / リブロ / 男性 / 40代

鬼平犯科帳 24 1 新装版

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『鬼平犯科帳』 / 池波正太郎 / A5 / 2010年4月 / 9784860555795

私の人生のバイブル。初めて読んだのは、高校3年生の冬でした。そう、受験です。鬼平を読む間に勉強していました。^^;もちろん、浪人決定です。。。「人生白と黒だけではない、その間にこそ人間のくらしがあるのだ」などなど、この世の中を生きていくのには何が必要かを教えてくれます。あー、日本人に生まれてよかった!

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エルマーのぼうけん 新版

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『エルマーのぼうけん』 / ルース・スタイルス・ガネット ルース・クリスマン・ガネット 渡辺茂男 / A5 / 2010年3月 / 9784834000139

子供のとき、だーいすきだった1冊。龍と少年の冒険にワクワクしました。もちろん、私の子供にも読みましたよ。私ほどは感激しなかったようですが・・・。みかんの大好きな龍っておもしろいですよね。

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銃・病原菌・鉄 上巻

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『銃・病原菌・鉄』 / ジャレド・ダイアモンド 倉骨彰 / 文庫 / 2012年2月 / 9784794218780

ゼロ年代最高傑作!のあおり文句に偽りナシ。人類の壮大な歴史を感じられます。

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ひらいて

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『ひらいて』 / 綿矢りさ / B6 / 2012年7月 / 9784103326212

恋愛小説だと思って読んでいると途中から誤りだと気付く。どう生きるかと突きつける小説だった。女子高校生の木村愛は感情のままに男の子へ突き進む。そのむきだしな様はハンパじゃない。それが私の心に鋭く深く突き刺さる。なぜって多分普段私たちは感情を抑えどこか我慢波風立てず無難な道を生きようとしているから。だから「ひらいて」を読んだら心が解き放たれたような気がした。「最後に出てくる『正しい道しか選べなければ、〜』この一文が凄く印象的でした」そう綿矢さんにお話ししたら「その一文はどうしても入れたかった」と、おっしゃっていました。この心の解放感はまさに読書の醍醐味。

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金米糖の降るところ

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『金米糖の降るところ』 / 江國香織 / B6 / 2011年10月 / 9784093863100

この小説の主人公、佐和子は結婚20年になる夫に離婚届を置いて家を出ていき、不倫相手とアルゼンチンに行ってしまう。さらりと。周りがどう思おうが動じない。思うままに生きていて・・・。でもなぜか憎めない。当たり前のことだが、自分の人生のことを自分以外になく、また誰のせいにもしない。その潔さは気持ちいいくらい。どの作品にも言えるのだが江國さんの小説には品がある。ストーリーがどう展開しようとも絶対に漂う。その世界観はブレることがなく、読んでいる私はその世界のその時間にずっと浸っていたいといつも思う。

レビュアー:3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より / 女性

シェリ

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『シェリ』 / シドニ・ガブリエル・コレット 工藤庸子 / 文庫 / 1994年3月 / 9784003258521

49歳の元高級娼婦レア。付き合っていた親子ほども年の違うシェリがいよいよ若い女の子と結婚することになって・・・。表面的には平気そうな素振りを見せるがじつは心は乱れ未練たっぷりのその心理描写が凄い。ほとんど残酷と言っていいほどだ。老いた外見の表現にも容赦なく首元においては「肉がつきすぎ白い輝きが失われた皮膚のしたで筋肉がたるんでいる」といった具合。女を描いていてこれを超える小説ってそうないのでは。バッサリ切り捨てるラストは圧巻。作者自身1920年に「シェリ」を書き終えた50歳の夏に義理の息子と恋に走り、その数年後に別れて別の男と付き合い62歳で3度目の結婚をするという人生。作品も人生もあっぱれです。

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青が散る 上 新装版

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『青が散る』 / 宮本輝 / 文庫 / 2007年5月 / 9784167348229

大学時代、何となく中途半端だと感じながら、惰性ですごしていた頃に手に取った本。作品の中で登場人物が、アツく充実した学生生活を送る様子に目を覚まされた感じがしました。これから大学生活を送る人におすすめしたい本です。

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深夜特急 1

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『深夜特急』 / 沢木耕太郎 / 文庫 / 1994年3月 / 9784101235059

学生の頃に海外に旅してみたいと思っていた時に手にした本。旅行会社のツアー旅行を申し込もうと思っていたのですが、作者の「自分の力で旅する」姿に触発されて、航空券だけ買って旅へ。空港の出口ゲートを出る時の高揚感、知らない街をひたすら歩き廻った毎日、ドミトリーハウスでいろんな国の人と話をしたり・・今だに忘れられない旅になりました。学生時代に旅へ!若い世代におすすめしたい本です。

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幻獣ムベンベを追え

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『幻獣ムベンベを追え』 / 高野秀行 / 文庫 / 2003年1月 / 9784087475388

幻の怪獣がアフリカにいるかもしれない。アフリカへ行って確かめよう。普通そんなこと実行する人はいません。しかし作者は大真面目に計画を立て実行に移す。作者曰くの「ばかばかしい真剣味」に話の中に引き込まれ探検隊の一員に加わった気分で読み進めました。世の中にこんな荒唐無稽、前途多難なサバイバルに挑戦する人がいるのだと思うと楽しい。気分が沈んだときに読めば気分が晴れます。

レビュアー:3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より / 男性

怪人二十面相

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『怪人二十面相』 / 江戸川乱歩 / 文庫 / 2008年11月 / 9784591106198

小学生の頃、本を読む楽しみを自分に教えてくれた本。学校の図書館に日参して、なんども読みふけった。乱歩は少年モノを書くときに、原稿を朗読していたという話をどこかで読んで、ためしに声に出して読んでみたら、なるほど確かに名調子で、少年の頃のワクワクした気持ちが蘇ってきた。ポプラ社の文庫版は、1960年代に刊行された旧版の挿画をつかっていて、当時の読者としては懐かしく、旧版を知らない世代にも、レトロな装丁はお勧めします。

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花もて語れ 1

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『花もて語れ』 / 片山ユキヲ / コミック / 2010年9月 / 9784091833983

声に出して読むといえば、もう1冊。こちらは朗読を題材にしたコミック。引っ込み思案で、周囲とうまくうちとけることが出来ない主人公のハナが、朗読と出会い、その魅力にとりつかれて、また朗読をすることで、周囲の人たちともかかわっていくようになる。本を読む時に、ふつうは黙読する。自分もそうだ。声に出して読むことで、黙読では気がつかなかったイマジネーションが拡がっていくのを、絵で視覚的に表現した演出は、漫画ならではの表現だ。

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アライバル

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『アライバル』 / ショーン・タン / A4 / 2011年4月 / 9784309272269

こちらは逆に、声に出して読むことの出来ない本。男がどこか遠い外国に到着して、言葉も通じない、文字も読めない異国の地で、苦労しながら生活し、やがては家族を呼びよせて暮らすまでを、絵だけで読ませる、字のない絵本。セピア色の色調で描かれた異国の美しい景色は、どこか奇妙で、そこが現実にはない国であることがわかる。幻想的な風景をファンタジックなものと思うか、異国で暮らす男の心象を描写していると捉えるか、すべて読み手の想像力にまかせられている。

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ZOOM

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『ZOOM』 / イシュトバン・バンニャイ / B5 / 2005年4月 / 9784835441740

一切、文字のない、イラストだけの外国の絵本です。著者はハンガリー出身の人気イラストレーター。ZOOMは多くの国々で出版され、手に取る人々を不思議な冒険の世界に誘っています。ポップな作風の色鮮やかなイラストは、鶏のトサカから出発し、段々と外側の風景にズームアウトして描写され、最後に辿り着く景色はなんと…。到達点は内緒にしておきましょう。手に取ったときのお楽しみになさってください。プレゼントとしても、言語圏を超えて喜んでいただけると思います。小さなお子さんがいらっしゃるおうちでは、大人の方が即興でお話を創って読み聞かせてあげるという遊び方もありますね。何通りもの物語と、思い出が出来上がります。

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本の本

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『本の本』 / 斎藤美奈子 / B6 / 2008年3月 / 9784480814876

ブックガイドや書評集は好きで、雑誌で特集に組まれていれば、よく購入します。読みたい本を手軽に見つける入口として活用したり、評者の考察や表現に膝を打ったりと「本についての本」を読むのもなかなか愉しいものです。さて、今回ご紹介する『本の本』も書評集です。コンパクトサイズの文庫ながら、なんと約700冊分もの書評を収録し、ジャンルを超えた選書群はとても読みがいがあります。個人的には「持ち運びに便利」がウリなはずの文庫なのに、あえて分冊にせず全一巻に仕上げた筑摩書房さんの漢気あふれる編集意図がとても気になるところです。

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ツチヤの貧格

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『ツチヤの貧格』 / 土屋賢二 / 文庫 / 2011年6月 / 9784167588144

著者の土屋先生は長く大学で教鞭をお取りになっていらっしゃった哲学者の方なのですが、出版なさる数々のエッセイ集はどれもこれも、クスリと笑える巧妙なものばかり。偶々、今回はこちらを挙げますが、ツチヤエッセイならば、例え目をつぶって書店の棚から「エイヤ!」と1冊を抜き出してもハズレ無し、と自信を持って申し上げます。その作風は常に知的でどこかチャーミング。冒頭で、いかにも真面目な考察を行うように匂わせておきながら、文中にてゆるやかに脱線、ユーモアあふれるツチヤ節が炸裂します。蚊にでも刺されればこんな調子です。『9月だというのに蚊に刺されたじゃないか。「蚊よ、お前もか」。』

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冒険者たち 新版

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『冒険者たち』 / 斎藤惇夫 薮内正幸 / B6 / 2000年5月 / 9784001140446

最初に読んだのは10歳のころ。リアルな描写のネズミの絵に興味を持って図書室で読んだんですが、主人公ネズミ「ガンバ」の活躍に幼いながらも心踊らされました。ただ表現がかなりリアルで、宿敵のイタチとの戦いで傷を負う様、仲間が死んでいく様子が非常に痛々しく表現されており、物語の終盤は泣きながら読んでいたのを覚えています。それ以後、幾度となく読み返してきましたが、その度に新しい感動を与えてくれます。出会うことができてよかったと、心から思える本です。

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ソード・ワールドRPG完全版

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『ソード・ワールドRPG完全版』 / 清松みゆき グループSNE / B5 / 1996年12月 / 9784829173060

この本は小説ではありません。「テーブルトークRPG(TRPG)」というゲームをするためのルールブックです。TRPGとは言わば台本と舞台のない演劇のようなもので、ルールブックに従いながら進行役と役者に分かれ、会話だけで物語を進めていく遊びです。私はTRPGと出会い、この本を読んで進行役を務めることで人と対話する力が鍛えられたと断言します。実際にその後、演劇部員として舞台に立ち、今は書店員としてお客様と対話をしています。かなり特殊な例だとは思いますが、この本は私の人生を変えた一冊なのです。

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美しいことばの抽きだし

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『美しいことばの抽きだし』 / 藤久ミネ / B6 / 1999年4月 / 9784569605135

古くからある日本の言葉は美しいと思わせてくれる一冊です。いわゆる「若者言葉」が世間で取り沙汰され始めたころにこの本を読んだのですが、すでに死語になりつつある言葉をひとつひとつ丁寧に、また面白く解説してあり、勉強になると同時に心が晴れやかになるような気さえしました。もう十年以上前の本ですが、私はいまだに手元に置き、ふと思い出すようにページをめくっています。その度に、忘れ去られそうな日本語の美しさを再確認するのです。

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ミレニアム 1 〔上〕

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『ミレニアム』 / スティーグ・ラーソン ミホ・ヘレンハルメ 岩沢雅利 / 文庫 / 2011年9月 / 9784151792519

スウェーデンの小説です。面白くて一挙に読んでしまいました。翻訳本は登場人物が多いと頭の中がゴチャゴチャになりがちですが、翻訳も丁寧で読みやすかったです。不器用な生き方しかできないリスベットには、謎も多くすっかり惹きつけられてしまいました。リスベットの様な才能と正直な生き方ができたらなぁなんて思いますけど、私にはとても真似出来そうにありません。ストーリーとは直接関係ありませんが、異国スウェーデンの寒い冬の暮らし振りも随所に感じることもできます。著者の方が、若くして他界してしまって他の作品が読めないのが残念です。

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図書館戦争

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『図書館戦争』 / 有川浩 / 文庫 / 2011年4月 / 9784043898053

有川ワールド全開の小説です。こんな妄想の世界を小説にできたなぁと感心します。さすが有川さん尊敬です。妄想の世界と言いましたが、メディア良化法や図書館法など書店で働く私にとっては考えさせられることが多い作品でした。こんな世界がほんとに訪れたらと思うと怖い話です。恋愛あり、笑いあり、問題提起あり、心に残るシリーズでした。

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とある飛空士への追憶

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『とある飛空士への追憶』 / 犬村小六 / 文庫 / 2008年2月 / 9784094510522

アルバイトの女の子に薦められて読みました。期待に反して心に残る1冊になりました。飛空士シャルルと未来の皇妃ファナの切ない恋物語です。少しずつ心が重なり合っていく2人が無人島で儚い恋に気づくあたりがお気に入りです。なぜか1980年頃の「青い珊瑚礁」という青春映画を思い出してしまいました。私もこんな切ない恋を経験してみたかったです。過去形なのがまた一段と寂しいです。爽快なラストシーンも最高でした。犬村さんこれからも作品期待しています。

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山椒魚/しびれ池のカモ

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『山椒魚/しびれ池のカモ』 / 井伏鱒二 / B6 / 2000年11月 / 9784001145359

学生時代本を読むのは好きでしたが、何故か国語の教科書に載っている話にはあまり興味が惹かれませんでした。ただ読んでただ問題等を解くだけのものでした。しかしある時、国語の教科書に「山椒魚」が載っており、読んで勉強していくうちに「これはおもしろい!!」と思い、大げさかもしれませんが、初めて国語の授業が楽しく感じられました。お話の内容が面白いのはもちろんのことですが、その時の先生の授業の進め方が良かったこともあるのかもしれません。(えらそうですが・・)先生には感謝しています。

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百日紅 上

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『百日紅』 / 杉浦日向子 / 文庫 / 1996年12月 / 9784480032089

葛飾北斎の名前や浮世絵は知っていても、どのように生き、創作したのか知っている人はどの位いるのでしょう?私もその一人でした。この漫画は北斎を主人公に、江戸の絵師たちの姿や風俗を淡々とかつ鮮やかに描いた傑作です。私にとってそれまで日本史の中の一つでしかなかった江戸が、北斎と杉浦先生によって大変魅力のある面白い時代に変わったことは言うまでもありません。浮世絵に対しても同様です。杉浦先生にはもっと江戸について教えてもらいたかったです。

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東京バンドワゴン

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『東京バンドワゴン』 / 小路幸也 / 文庫 / 2008年4月 / 9784087462876

四世代が一緒に暮らす大家族の堀田家が舞台のホームドラマ小説。ここに出てくる家族はみんな互いを思いやりながら、時にぶつかり合い、時に励ましあう素敵な人達です。大勢の人の中にいるのがあまり得意でない私としては、この家族の一員であったならそんなことを思うこともなく、少しは気遣いのできる大人になれるのかなと読み終えた後は思います。あとは優しい人にも・・。余談ですが、一度でよいので毎回冒頭に出てくる朝食に参加してみたいです。

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虫と歌 市川春子作品集

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『虫と歌』 / 市川春子 / コミック / 2009年11月 / 9784063106176

市川春子の作品はいつも、人と、人ならざるモノとの繋がりの物語。時に愛らしくて、時に残酷に描かれるその繋がりが、切切と胸に迫ります。セリフとセリフ、コマとコマの間に潜む登場人物たちの切なくも愛おしい気持ちがたまりません。

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ペットリマスター・エディション 1

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『ペットリマスター・エディション』 / 三宅乱丈 / B6 / 2009年10月 / 9784047260887

三宅乱丈は、人間関係をより面白いものにしたり、サスペンスを生み出す設定を、物語の中に埋め込むことに長けている。”萌え”とか”胸がキュンとしてしまう感覚”や”ハラハラ、ドキドキ”を、設定によって生み出す。

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黄色い本

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『黄色い本』 / 高野文子 / コミック / 2002年2月 / 9784063344882

「本を読む」ということが、いかに豊かな行為なのかを、高度なマンガ的手法を駆使して描いているこの作品を、書店員としては押さないわけにはいきません。

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男の作法

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『男の作法』 / 池波正太郎 / B6 / 2009年6月 / 9784341019020

親父が池波正太郎を好きで、昔からよく読んでいました。子供の頃は「古くさい」なんて密かに馬鹿にしていたのですが、いい歳になってこの本を読んだとき、時代が変わっても持ち続けねばならない「男としての作法」が少しわかった気がしました。いまだに時代小説は苦手ですが、「男の作法」は若いうちに読んでほしいと思います。なぜなら、若いうちに「男」なれたほうが格好いいから。うちの親父を改めて尊敬できた1冊です。

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猫の客

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『猫の客』 / 平出隆 / 文庫 / 2009年5月 / 9784309409641

「猫文学」として最高に美しい1冊ではないでしょうか。ただの猫好きにはおすすめしません。猫が持つ不思議な寂寥感、それゆえの美しさを感じ入ることができる方に読んでほしい本です。そんな方が周りにいたらプレゼントしてみてはいかがでしょう。

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土の中の子供

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『土の中の子供』 / 中村文則 / 文庫 / 2008年1月 / 9784101289526

この著者の作品全般に言えることですが、そこはかとなく暗いです。しかもそこには自分の心の1番暗い部分にスポットライトを当てられたかのごとく錯覚してしまうシンクロ感があります。わからない人には絶対にわからない感覚かもしれませんが、この暗さを理解できる人にとっては、必ず特別な作家になるでしょう。すべての作品が好きですが、芥川賞を取ったこの作品を選びます。

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斜め屋敷の犯罪 改訂完全版

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『斜め屋敷の犯罪』 / 島田荘司 / 新書 / 2008年2月 / 9784061825840

私をミステリマニアにした作品。まださほどミステリを読んでなかった私にとって、この作品との出会いは衝撃だった。『占星術殺人事件』にも驚かされたが、『斜め屋敷の犯罪』のトリックの素晴らしさは、いくら語っても語りきれない。間違いなく、現代日本を代表する作品である。当時はミステリ界の異端児のような存在だった島田荘司さんも、現在では重鎮である。ご出身の福山でミステリ新人賞を創設され、私も福山なのでお目にかかる機会があるが、私からは話しかけることはおろか、近づくことすらできない存在である。

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火星年代記 新版

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『火星年代記』 / レイ・ブラッドベリ 小笠原豊樹 / 文庫 / 2010年7月 / 9784150117641

アメリカで作られたドラマが日本で放映された際に観た記憶があり、それも印象的だったが、原作を読んだのはずっと後になってからだ。読んだ私は深く反省した。この作品はもっと若い時に読むべきだったと。中学生か高校生の頃に読んでいたら、私はミステリマニアではなくSFマニアになっていたかも知れないのだ。

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陽気なギャングが地球を回す

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『陽気なギャングが地球を回す』 / 伊坂幸太郎 / 文庫 / 2006年1月 / 9784396332686

なぜかデビュー作『オーデュボンの祈り』は読まず、二作目『重力ピエロ』は楽しめたが、本格的に「伊坂はすげえぞ!」と思った三作目。洒脱な会話、絶妙なプロット、伏線の回収の面白さ、全てにおいてハイレベルで、雰囲気の軽さも魅力である。この頃、「なんか面白い作家いない?」と聞かれたら、必ず「伊坂を読め、伊坂を!」と答えていた。今や国民的人気作家の一人である。

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エンド・オブ・ザ・ワールド 新装版

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『エンド・オブ・ザ・ワールド』 / 岡崎京子 / コミック / 2012年4月 / 9784396765460

話題の「ヘルタースケルター」や「リバーズ・エッジ」も良いですが、個人的にはこの本が一番好き。 岡崎京子全盛期(とわたしが勝手に思っている)に発売になり、それぞれの“世界の終わり”が描かれた短編集です。 特に「水の中の小さな太陽」は、救いが無く残酷なのに、かつて思った透明で綺麗な感じ,は時間が経っても決して色褪せることはなく、わたしの心をざわざわさせます。 ディテールには時代を感じるけれど(でもその時代を知ってる人はきゅんきゅん来ますね)何度も何度も読み返してしまうのです。

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風葬の教室

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『風葬の教室』 / 山田詠美 / 文庫 / 1991年7月 / 9784309403120

小説を読んで衝撃を受ける、という体験を初めてした本です。 ある小学校に転校してきた主人公が、周りとうまくなじもうとするも残念ながら失敗しいじめにあってしまい、自殺まで考えながらも一生懸命考えてたどり着いた答え。山田詠美なのでもちろんただの“いじめはいけない”的なお話にはなっていません。 主人公の出した答えは強くて美しく、いまのわたしの生き方にも大きく影響しています。 大人になってから読んだので「どうしてもっと早くに読んでいなかったんだろう」と思ったりもしましたが、そのときはきっとこんな感情にはならなかったんだろうな。読書ってタイミングです。

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かたあしだちょうのエルフ

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『かたあしだちょうのエルフ』 / おのきがく / B5 / 1982年7月 / 9784591005361

この本に出てくるライオンやくろひょうが今でも夢に出てきます。 今にも襲いかかってきそうな迫力の猛獣たちの版画。かたあしになってまでみんなを助けたのにだんだんみんなに忘れられてゆき、エルフも最後はだんだんなにもわからなくなってゆくという内容。 子供の頃に読んだ時この絵本が怖くて怖くてたまりませんでした。大人になってから改めて読み返してみると、昔感じた迫力はそのままで、今はエルフの強さや優しさに泣けてきます。 最後に大きな樹になって動物たちの憩いの場所になる、というのがハッピーエンドと言えるのかわからないせつないお話ですが、ずっと手元に置いておきたい絵本です。

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ロリータ

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『ロリータ』 / ウラジーミル・ナボコフ 大久保康雄 / 文庫 / 1980年4月 / 9784102105016

再読しない主義の筆者が再読して驚いた、再読せずにはいられなかった3冊を紹介します。「人は小説を読むことはできない。ただ再読できるだけである」と言ったのはナボコフだが、代表作「ロリータ」を再読したことがあるという一般読者(研究者ではなく)はどれくらいいるのだろう。一回でも読んだことがあるというあなたは幸福です。なぜなら再読できるから。一度読んだだけで、ロリータことドロレスの人生の最期がどうなったのでしょうか?という質問に答えられる人は、完全記憶の持ち主でもないかぎりいないと思います。でもご安心あれ。私たちは再読できるのです。言葉の魔術師ナボコフがガラス細工のように緻密に創り上げた傑作は、読む度に新たなきらめきを放つだろう。

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アレクサンドリア四重奏 1

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『アレクサンドリア四重奏』 / ローレンス・ジョージ・ダレル 高松雄一 / B6 / 2007年3月 / 9784309623016

一つの出来事を複数の人間が体験したとき、人は自分が見た出来事を語る。よって、体験した人間の数だけ出来事があり、出来事は決して一つではない。ダーリー、ジュスティーヌ、バルタザール、ネッシム、クレア、マウントオリーブ、レイラ、メリッサ、パースウォーデン、カポディストリアら主要登場人物が幻想的な都市アレクサンドリアで繰り広げる様々な出来事に、果たして一つの真実と呼べるものがあるのだろうか?語り手を変えながら奏でられる四重奏が終わるとき、読者はそこに何を見出すか。再読しても再読しても真実はゆらめいている。

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拷問者の影

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『拷問者の影』 / ジーン・ウルフ 岡部宏之 / 文庫 / 1986年10月 / 9784150106898

普通に読めば、主人公である拷問者組合の徒弟セヴェリアンが、高貴人、退化人、独裁者、調停者、神聖奴隷といった不可思議な人々が住まう中世風の異世界ウールスを舞台に、追放、放浪、探求、帰還というファンタジーの王道である冒険をする貴種流離譚なのだが、細部に目を凝らしてみるとなんだか私たちのよく知っている世界の断片が見えてきて・・・。SF界きってのテクニックと知性を持つ作家が周到に仕掛けた謎は読者を虜にすること必至。あせらずに、何度でも読み返そう。その度にセヴェリアンが現れて、あなたと一緒に謎を解く旅に出てくれるはずだ。

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ポロポロ

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『ポロポロ』 / 田中小実昌 / 文庫 / 2004年8月 / 9784309407173

いやこれ本当に、田舎でほとんど勉強もせずサッカーしかしてこなかった奴が大学に入って急に「本」が好きになり即、田中小実昌に行きつくってのはトクベツではないのか。違うのか。

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懐中時計

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『懐中時計』 / 小沼丹 / 文庫 / 1991年9月 / 9784061961425

『本』と『友達』に関してだけは、自分なりの勉強があったと。そもそもその人それぞれの勉強しかないのか。非乱読派は読書をする時間が惜しいよ。でもあんまり読書はしないから『本』を読む時間はとてもトクベツだ。その貴重な時間のためにあれこれした時間もトクベツなものになってるかもと。

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アメリカの鱒釣り

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『アメリカの鱒釣り』 / リチャード・ブローティガン 藤本和子 / 文庫 / 2005年8月 / 9784102147023

序文や冒頭や書き出し、そしてカヴァーでしかその本の良さはわからないと一人勝手に決めておりました。世界のあらゆる本、読んでもいないのにごめんなさい。本の冒頭、表紙に使われた写真を説明する下りで「もってかれた」。そして一人勝手な思い込みをさらにさらに・・・。思い込みこそが人を導く。なんてね。

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火車 改版

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『火車』 / 宮部みゆき / 文庫 / 2012年11月 / 9784101369181

初めてこの本を読んでから20年近くが経ちますが、現在でも年に一度は読み返すくらい、私の中で一番好きな本です。当時、カード破産という題材はとても衝撃的で、寝る間も惜しんで一気読み。緊張と興奮の中にも静かに涙してしまったラストはまさに素晴らしいの一言でした。私が「本を読むことが好きだ!」とはっきりと自覚した一冊であり、その後、大好きな本に囲まれて仕事をするキッカケになった本だと思っています。

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風が強く吹いている

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『風が強く吹いている』 / 三浦しをん / 文庫 / 2009年7月 / 9784101167589

ノンストップ青春スポーツ小説。読み始めたら止まらない、というか、止められない面白さ!箱根駅伝を目指す10人がとても魅力的で丁寧に描かれており、箱根駅伝の話になってからは特にぐいぐいと引き込まれ、爽やかな感動に涙しながら読み終えることができた本です。今まではあまり知らなかった箱根駅伝の世界。私だけでなく、読んでいただいた皆さんにとって次のお正月は特別なものになるでしょう。すっきり気分爽快、元気になりたいときに、何度でも読みたくなる私の大切な一冊です。

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101の幸福なレシピ

3 SPECIAL BOOKS書店員キュレーターのトクベツな3冊より

『101の幸福なレシピ』 / 山本麗子 / A4 / 1994年12月 / 9784062069441

結婚当初に買った本です。全然料理の出来なかった私ですが、この本からたくさんの料理を学びました。中には何もしたくないときのごはんとか、レタスをゆでてオイスターソースをかけるだけなんていうレシピも載っていたりして、慣れない新生活に頑張らなくてはと気負っていた私の心に、そんなに力を入れなくても良いんだと、料理に対して少し気楽になれた本です。(もちろん美味しいレシピがたくさんあります!)レシピごとに山本麗子さんの素敵で楽しいお話が寄せられており、ただの料理本ではなくエッセイのような二重に楽しめる本です。結婚してから17年経ちましたが、数ある料理本の中で今でも一番大切な一冊です。

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