2013年 4月号
小手鞠るいさん 『九死一生』
タイトルの『九死一生』は「九死に一生を得る」のことわざを指したものではない。作中、アメリカ人女性が恋人にこう語って聞かせる。〈猫ってね、別の猫に九回生まれ変わって生きるの。だから猫の一生は九死一生。Nine lives, but only one life.〉。その言葉どおり、物語には九匹の猫が登場する。けれども本作を「猫小説」とカテゴライズするのは、ちょっと違う。小手鞠るいさんの真骨頂というべき美しい恋愛小説。同時に、生きとし生けるものへの大きな「愛」を描いた物語である。
絵本作家の冴子と建築技師の悠紀夫はアメリカに暮らす夫婦。愛猫プリンを亡くして数年経った今なお悲しみから抜け出せずにいる。ストーリーは、過去から現在までの二人の人生を追う形で進む。それぞれに挫折を経験し、大切な人の死という喪失を抱えて歩んできた冴子と悠紀夫は、ニューヨークで出会い、猫が取り持つ縁で結ばれる。彼らの人生の節目には、いつも猫との出会いがあった。物語の時間が再び現在に戻ったとき、二人は猫が残してくれたあるものを受け取る─。
著者自身、可愛がっていた猫を七年前に亡くしている。その喪失の悲しみを託した小説『猫の形をした幸福』(2008年・ポプラ社)も発表した。
「亡くなった直後に書いた『猫の形〜』は、猫の思い出をただ必死に綴った感じ。メインテーマもペットロスでした。それから数年の時が流れ、私の悲しみはいまだ癒えていません。でも新たに芽生えた思いもあります。猫だけではなくいろいろな生き物への愛情です。小鳥や蝿さえも一つの生命として愛おしさを感じるようになりました。猫の死を通して、私は大きなものをもらったんですね。今回はその気持ちも込めて、あの子の死にもう一度真正面から向き合いたいと思いました」
書くことで悲しみを乗り越える。書き始めたときにはそんな決意があったという。けれど書き終えて覚った真理は「愛する者の死は乗り越えられない。乗り越えていくべきものではない」。
物語では、猫だけでなく人の死も描かれる。幼かった冴子の弟、悠紀夫が恋したアメリカ人シルヴィア、そして、夫婦にとってかけがえのない存在の女性。しかしその描写は、死そのものよりも、むしろ残された人たちがどう生きるかという側面を浮き彫りにしていく。人間であれ動物であれ、生命は必ず死を迎える。そのことに思いを馳せ、「特別なのは死ではなく生のほう。しかも地球上の人口と同じ数だけ違った人生がある。それってすごいこと」という思いを読者にも共有してほしいと小手鞠さんは語る。
なお、この小説の魅力は章題にもある。「風光る」「猫の恋」「花野」などの季語に、西暦と二十四節気が付されたものだ。
「歳時記をめくって季語を選び、同時にストーリーを作りました。季語は見ただけでも美しいから」
日本の四季と日本語の美しさ。当たり前に享受している我々に、アメリカで暮らす著者が改めて気づかせてくれる。
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年4月号より)
今月の作品
- 九死一生
- もしもあなたが誰かを本気で愛したら、行き着く先には悲しみがある。それでも誰かを夢中で愛したあなたは、報われる。そのことを教えてくれたのは、1匹の猫だった…。恋愛小説の旗手、最高傑作。