2012年 7月号
宮下奈都さん 『窓の向こうのガーシュウィン』
「誰も死なない、大きな事件も起きない、ごく小さな世界の小さな物語。それは、私の中で好ましい小説の在り方なんです」─宮下奈都ファンなら、すっと胸に落ちる言葉ではないだろうか。そんな著者が「自分にとってすごく大事な一冊。今書けること、書かなければいけないことを全部書いたという気持ちです」と語る新刊、『窓の向こうのガーシュウィン』である。
未熟児として生まれ、いつも「自分には何かが足りない」と感じながら育ってきた《私》=《佐古さん》。人とうまく話すことができなくて、「人と混じれず、人に好かれず」、息をひそめてどうにか十九年やってきた。心落ち着くのは、団地の部屋でひとり窓から空を見上げるときだけ。高校を卒業してホームヘルパーの仕事をするようになり、派遣された《先生》の家で出会ったのが「額装」だった。先生、その息子で額装職人の《あの人》、孫の《隼》との日々と額装の仕事を通して、私の心はゆっくりほどけていく……。
「絵の雰囲気をがらりと変えてしまう『額装』に興味がありました。絵そのものは同じでも、額縁の素材で、マットの色合いで、まったく絵の印象が変わってしまう。しかし、その『額装』を、実は私たちもことあるごとにやっているのではないか、と気づいたことがこの小説につながりました。目の前にある風景も、記憶も、切り取り方で違って見える、ということに重なって見えてきたのです。いつも人とは違う切り取り方をしてしまう女の子から見た世界を書こうと思いました」
誰しも多かれ少なかれ心の中に抱くコンプレックスや生きづらさ。それをやさしく包み込んでくれるような小説だ。
「人間の成長について考えました。何をもって成長と呼ぶのか、私にはよくわからなくなることがあります。前とは違っているけれども、よくなっているのかどうかわからない、進んでいるのかどうかもわからない、ということはしばしばあります。そっと生きていた子がようやくいろいろなことに気づき、話せるようになって、ゆっくりと歩き出す。そんなイメージです」
実生活では三人の子を育てる母でもある著者。「子どもが見ている世界は自分のものと全然違う」と感じる日常から生まれた小説でもあるという。
独特の感性の持ち主である佐古さんの語彙には、言葉遊びのような楽しさがある。BGMはガーシュウィンの「サマータイム」。悲しい歌だが、それで終わりではない。佐古さんはその中に「ほうっとあたたかい窓の明かりみたいな」光が確かにあるのを感じるのだ。まさにこの「光」のように心を満たしてくれる物語。ぜひゆっくり読み進めて、琴線に触れる場面や言葉に出会ってほしい。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年7月号より)
今月の作品
- 窓の向こうのガーシュウィン
- 未熟児で生まれ、ばらばらの父母のもと、欠落感と一緒に育ってきた私は、介護ヘルパー先の横江先生の家で額装の仕事に出会う。ずっと混線していた私の心が、静かにほどけだす…。心をそっと包みこむはじまりの物語。