2012年 2月号
篠田節子さん 『銀婚式』
バブル崩壊後、「失われた二十年」とも言われる長い低迷期にある日本。『銀婚式』は、その一九九〇年代から現在に至るまでの日本を、一人の男性が生きてきた道筋を辿りながら、一個人の視点から描き出す物語だ。
「バブル崩壊以降、世情の厳しさが増すなか価値観が見直されていますが、高度成長の時代に育ち、上を目指して真っ直ぐに努力してきた人々の生きづらさは、なかなか取り上げてもらえない。同世代の者として、きちんと書き残しておくべきではないかと思いました」
大手の証券会社に就職し、三十代の半ばでニューヨーク勤務という夢を実現した高澤修平。初恋の人を妻に男の子にも恵まれ、順調な人生を歩んでいるはずだった。しかし妻の病をきっかけに家庭は崩壊し、会社は破綻。現地に残り、清算業務を完遂させて帰国した高澤は、ようやく損害保険会社に再就職するが、激務の末退職を余儀なくされる。その後、仙台郊外の山の中の大学で教員となるが……。
当初、ツインタワーの倒壊で亡くなった友人の「男の本分は仕事」という言葉に支えられていた高澤だが、息子の問題を介して再び連絡を取り合うようになった元妻や、損保の代理店、大学の学生たちと交わるうちに、徐々に変化を見せていく。とはいえ「誠実で努力家だが、人情や人生の機微には長けていない」高澤のこと、そこには小説を読み解く醍醐味もふんだんに隠されている。
毎日新聞の日曜版に連載された本作だが、中年以上の男女を主に、これまでにないくらい多くの反響があったという。
「ある程度の人生経験がないとわかりにくい部分もあるのですが、その辺は腹を括って書きました」「妻や恋人といった女性たちを、男性視点で外側から描きながら、(男性側の誤解も含めて)彼女たちの失望や愛情、迷い、決断などを読み解いてもらえるだろうか」との思いもあったというが、「特に女性読者は女性たちの立場や思いを理解した上で、〈このオトコ、わかってないわ〉(笑)というところまできちんと読み取ってくださったようです」。
「普通の人々の生活史、精神史があって、それが交わっていくところが家族であり会社である」。そう語る著者が描く主人公の人物像は、「破綻してしまった金融機関で直接やりとりをした方々や、懸命な努力にもかかわらず不運に見舞われた人々の人生を集約していけたかなと。大変に日常的な物語ですが、その奥にある家族の問題や仕事をするとはどういうことなのかを一緒に考えていけたらと思います。読んでいただいた方に、最後に希望が残ってくれるといいですね」。
「絵空事にならないように」と心に留めて書かれた作品だけに、温かいだけの大団円では終わらない。それでもリアルに描かれる人生や家族の悲喜交々は、懸命に日々を生き、歳月の奥深さを知る人の心にこそ灯すものがあるだろう。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年2月号より)
今月の作品
- 銀婚式
- 「男の本分は仕事」。それは幸せな人生か。歳月を経て、夫婦がたどり着いた場所。働くとは、結婚とは、幸福とは…。直木賞作家が描き出す、激動する時代の「家族」の物語。望んでもいなかった、人生の第2幕。