2014年 6月号
原田マハさん 『太陽の棘』
作家デビュー以前は美術関係の仕事で活躍。その知識と経験を活かして紡いだ『楽園のカンヴァス』『ジヴェルニーの食卓』で多くの読者を魅了してきた。そんな著者が「書かなければならなかった。使命を感じた」と語る新たな美術小説、『太陽の棘』。アートと人間の力強いドラマ、美しい永遠の友情を描いた感動の物語である。
舞台は太平洋戦争終結直後の沖縄。那覇基地に勤務する青年米軍医師エドは、ある休日、友人たちとドライブするうちに不思議な場所へと迷い込む。そこは芸術家たちの聖域のごときコロニー。美術を愛し、自らも絵を描くエドは、沖縄の若き画家たちと知り合い、やがて友情を育んでいく─。
デビュー作『カフーを待ちわびて』でも描いた沖縄は、原田マハさんにとって特別な場所だ。
「最初は多くの観光客と同じように美しく穏やかな沖縄の姿から入って。すっかり惚れ込んで『カフー〜』を書きました。でも私が書いた“美しい島・沖縄”は、一方では凄惨な戦争を経験し、複雑な歴史を持つ場所。基地問題はいまだ解決せず、沖縄の人が本土に対して抱く思いもわかってきました。この沖縄の真実をいつか私は書かなければいけない。その覚悟を自分の中で徐々に固めていました」
そして2009年、原田さんはテレビ番組で偶然「ニシムイ美術村」を知る。戦後まもない沖縄に実在した、のちに沖縄画壇を背負って立つアーティストたちが若き日に創作活動を行った集落。番組は、「ニシムイ・コレクション」が里帰りする沖縄県立博物館・美術館での展覧会を紹介するものだった。作品のコレクターはサンフランシスコ在住の精神科医、スタンレー・スタインバーグ博士。琉球米軍に軍医として派遣された1948年から2年間、ニシムイ美術村の若者たちと交流した彼は、購入した作品をすべてアメリカに持ち帰り、大切にしてきたという。
「沖縄にすっ飛んでいって展覧会を見ました。そこで2枚の肖像画─この本の装画にも使った、玉那覇正吉の『スタンレー・スタインバーグ』『自画像』を目にしたとき、大きな衝撃を受けたんです。これは書くしかない。こんな史実が、こんなに素晴らしいアートが沖縄にあったことを、小説を通してお知らせしたいと強く思いました」
こうして実話をベースに、実在の人物をモデルとして、『太陽の棘』は生まれた。
「本土側からは辺境とされる沖縄の芸術の扱われ方、日米関係、本土と沖縄の対立……複雑な問題はいろいろあります。でもそれらがいかに困難なものであっても、対話や友情は成立し得た。なぜならアートがあったから。そういう物語です。対立する者同士、支配する側とされる側を隔てる壁や境界線を、アートは取り払ってしまう。アートがあることで、人類が助けられた局面は何度もあったはずです。アートの可能性という大きなメッセージを、多くの方に受けとめていただきたいと思います」
(日販発行:月刊「新刊展望」2014年6月号より)
今月の作品
- 太陽の棘
- 私たちは、互いに、巡り合うとは夢にも思っていなかった…。終戦直後の沖縄、米軍の若き軍医は、画家たちのコロニーを見つける。美術小説の旗手が挑む、沖縄画壇草創期の芸術家たちと青年の物語。