2014年 5月号
『小さな異邦人』
“短編小説の名手”が到達した孤高の境地
昨年10月、連城三紀彦さんが亡くなりました。享年65。私が連城さんと初めてお目にかかったのは平成4年のことなので、20年余のおつき合いでした。その間、雑誌と出版の部署を何度か行き来しましたが、常に担当編集者としてご本人およびその作品に身近に触れることができたのは、無上の喜びでした。
本書には、2000年から2009年までに、オール讀物に掲載された短編8本が収録されていますが、半分の4本は当時、編集部に在籍していた私が直接、原稿をいただきました。
多少の韜晦もあったと思いますが、連城さんは自作に厳しく、原稿をいただくたびに、「この程度の作品で申し訳ない」といったお言葉をいただきました。思えば、昭和57年に直木賞を受賞された折も「受賞の言葉」として「新人のまま綻びがでてきたなと、この頃特にそう感じます。」と書かれたほどで、決して驕らず、常に厳しい目で自作を省みる態度は一貫したものでした。
しかし、辛口の自己評価にもかかわらず、ここに収められた諸作は、いずれも考え抜かれたプロットと卓越した文章力で、連城三紀彦にしか書けない孤高の境地に到達しています。
―高校2年生から3歳児まで、8人の子供と母親からなる家族の元へかかってきた一本の電話。「子供の命は俺が預かっている。3千万円を用意しろ」。だが、家の中には8人の子供全員が揃っている。悪質ないたずらなのか、それとも間違い電話? いったい誰が、何の目的で、そして誘拐されたという子供は誰なのか?
摩訶不思議な誘拐事件を描いた表題作が、連城さんが生前執筆された最後の短篇となりました。
当時のオール讀物の担当者に、「こんな感じの作品だったら、まだいくつもアイデアはあるんですよ」と仰っていたとか。きりがない事とはいえ、せめてもう一本と思ってしまうのは編集者のサガでしょうか。
(日販発行:月刊「新刊展望」2014年5月号より)
今月の作品
- 小さな異邦人
- 連城三紀彦
- 8人の子どもがいる家庭へ脅迫電話。「子どもの命は預かった」。だが家には子ども全員が揃っていた。誘拐されたのは誰…。表題作など全8篇収録した短編集。恋愛小説の名手にしてミステリーの鬼才から最後の贈り物。