2013年 7月号
『たんぽぽ娘』
幻の名作でなくなった「たんぽぽ娘」
アメリカのSF作家ロバート・F・ヤングの短編「たんぽぽ娘」は、ハインライン『夏への扉』とともに恋愛SFオールタイムベストといわれながら、長らく入手困難な幻の名作でした。
中年男マークが出会った、たんぽぽ色の髪の若い女は、240年未来からタイムマシンでやってきたという。二人の間に恋愛感情が芽生え……1961年に発表された、甘く美しいお話です。
1967年に『年刊SF傑作選』の一編として翻訳出版されて以来、何度かアンソロジーに収録されましたが、それらはすべて絶版となり、古書価格も高騰していました。
そこで、「たんぽぽ娘」を収録したヤングの傑作選を、ヤング作品の第一人者である伊藤典夫さんに編んでもらおうと企画したのが、もう10年以上前のこと。ところが刊行予定が大幅に遅れに遅れて、今年の5月にようやく実現しました。
でもタイミングとは面白いものです。昨年、三上延さんの人気シリーズ『ビブリア古書堂の事件手帖』の一挿話として、「たんぽぽ娘」収録のアンソロジーが高額な稀覯本として取り上げられました。今年にはいり『ビブリア』がテレビドラマ化されてその挿話が放送されると、すさまじい反響を呼び、他社からもこの短編を収めた本が出ることとなります。結果として、「たんぽぽ娘」収録本が本書を含めて同時期に三冊も刊行されるという、出版界のちょっとした珍現象が生じました。ついに「たんぽぽ娘」は「幻の」名作ではなくなったわけです。
もし本書が予定通りに刊行されていたならば、「たんぽぽ娘」の入ったアンソロジーの古書価もとうに下がり、『ビブリア』で「たんぽぽ娘」の挿話が書かれることもなかったのではないか?と想像すると、ちょっと不思議な気持ちがします。
伊藤典夫さんによる名訳「たんぽぽ娘」とともに、ヤングの魅力がぎっしりつまったこの短編集『たんぽぽ娘』、ぜひお楽しみいただけましたら幸いです。
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年7月号より)
今月の作品
- たんぽぽ娘
- ロバート・F・ヤング著、伊藤典夫編
- 丘の上で、たんぽぽ色の髪が風に舞う、未来から来た女に会った。「おとといは兎を見たわ。きのうは鹿。今日はあなた」…。甘く美しい永遠の名作を、伊藤典夫の名訳で収録する待望の傑作選。