【対談】 中村文則×久世番子
対談 中村文則×久世番子『文藝とか文豪のこと』 │ エディターズガイド『暴れん坊本屋さん 完全版』平台の巻&棚の巻
出会いは、幼稚園。
中村 僕たち、幼稚園から一緒だったんだよね。
久世 認識したのは小学生時代だけど。
中村 小学校、中学校、高校まで一緒だった。
久世 私は中村くんが文章を書く人になるとは思わなかった。中村くんは私が漫画を描く人になると思ってた?
中村 番子さんは学年で一番絵がうまい人として有名でした。
久世 そう、うまかったの、私。今漫画業界ではうまくないけど……。
中村 いや大丈夫、大丈夫。遠足のしおりの表紙はいつも番子さんが絵を描いてたよね。裏表紙をよく描いていたのは竹内義(ただし)くん。彼もぴあフィルムフェスティバルで賞をもらったりしている。だから僕たちの遠足のしおりはすごく豪華だったんだよ。番子さんに対する僕の印象は、教室の隅っこで絵を描いているグループの人。僕は教室の隅っこでぼんやりしているグループ。隅と隅だから接点はないんだよね。
久世 中村くんが何の部活に入っていたかも記憶にないなあ。中学のとき、何部だった?
中村 バスケ。好きな女の子が小学校でバスケ部だったから。と思ったら、彼女は中学で剣道部に入っていて、大ショックだった。
久世 その頃の中村くんは文章を書いていたり、国語の時間に先生に取り上げられたりしたこともなかったよね。
中村 一切ない。
久世 本を読む人とも文章を書く人とも思わなかった。文系であるかどうかもわからなかった。
中村 高校のときは本を読んでいたけど、まわりには一切その姿を見せていないから。
久世 それはなぜ?
中村 みんな嫌いだったから。
久世 うはは。
中村 クラスの隅っこにいて女子とも全然しゃべらないけど、違う学校にちゃんと彼女がいる。そんな嫌な奴だった(笑)。高校にいるときの自分と、ほかの自分を分けていた。
久世 あの高校はそういう人が多かったねー。
中村 という感じで、僕たち学生時代はほとんど接点がなかった。お互いプロになってからだね、よくしゃべるようになったのは。
久世 中村くんは、私が書店員をしていたときに新潮新人賞でデビューしたんだよね。受賞作「銃」の単行本が出たとき、店長が「この中村文則さんという作家は地元の人で、番子さんと同い年みたいだよ」と教えてくれたんだけど、私は「へー、知らないなー」とスルーしちゃった。
中村 ペンネームだからね。
久世 次に中村くんは『遮光』で野間文芸新人賞を受賞して、そのとき初めて、「あの中村くんだ」と気づいた。
中村 『よちよち文藝部』(以下『よち文』)には僕も登場してるね。太宰治の回の三ページ目に。
久世 「太宰が欲しがった芥川賞を君がもらうなんて…太宰にゆずりなよ芥川賞!」と私が中村くんに言う(笑)。
中村 このカットはフィクションでも何でもない。そのまんまだったよ。似たようなことを言われた。
久世 言ったかな。
中村 番子さんさあ、僕に若干敵意持ってるでしょ(笑)。
久世 だって、同級生が賞をもらってるのがうらやましくてしょうがなかったんだもん。それに、私は学生時代から太宰治が大好きで。太宰は芥川賞にすごく憧れていたんです。なのに、それを同級生の男の子がもらったというのが……。
変人な文豪たち
中村 『よち文』を読んで改めて思ったのは、文豪って変な人が多いなと。
久世 変な人でも「文章が書ける」という一点で許されてしまうのがすごいよね。ダメ人間でも、文章が書けるというだけでなんとかなってる。
中村 第一話が太宰治。僕も太宰は好きで全部読んでます。太宰が何かの作品で「人を目の前にして言えないことは陰でも言うな」と書いていたのを読んだとき、「僕は二度と陰口を言わないぞ」と決めて、高校、大学ではそれを守ってきた。でもあるとき太宰の書簡集『愛と苦悩の手紙』を読んだら、陰口ばっかり。「太宰め〜」と思って、そのときから僕も陰口を言うようになった(笑)。
久世 太宰って読者をその気にさせる作家だから。自分のところに引き込んで、「そのとおりだよね」と読者が身を任せた途端にさっといなくなる。そこが魅力的でもあるんだけど。
中村 『よち文』は難しい文学論とかでは全然なくて、文豪の変人ぶりやおもしろい部分、意外なエピソードなんかをこうやって愉快な漫画にしている。すごくいい本だなと思います。
久世 ありがとうございます! 中村くんはいい人だー。中村くんはこの中で誰が一番好き?
中村 太宰、芥川。
久世 いつの芥川が好き?
中村 全部。
久世 王朝ものから子ども向け、最後の頃まで? 書くものがかなり変わるよね。
中村 一番好きなのはやっぱり晩年。「歯車」なんて、もう最高。
久世 私小説にどんどん寄っていくんだよね。
中村 『よち文』を読んで驚いたのが、芥川龍之介の回の、三点リーダー「…」が晩年になるにつれて増えてくるという説。これ、番子さんの発見?
久世 「歯車」「或阿呆の一生」「玄鶴山房」など死の直前の作品を読んでいたときに、「なんでこの人は『…』ばっかり使うんだろう」と思って。
中村 それ、すごい発見かもよ。確かに死に近づくにつれて、文章の中に「…」が増えていく。文芸評論としても感心しちゃった。
久世 ありがとうございます。
中村 あと、三島由紀夫の回のタイトルが「先生のパンツ」。これは目次を見た瞬間、絶対に褌を描くだろうなと思ったらやっぱり描いてた(笑)。
久世 三島は好きなものを繰り返し書く人。中村くんも好きなものを結構繰り返し書くよね。なんで?
中村 自分の中にあるものが濃すぎて、どうしようもなくて、書いても書いてもなくならない。だからだと思います。
久世 そうか、濃すぎるんだ。だから書き方はどんどん変わっていっても、根本的なものは繰り返し使われる。
中村 太宰なんかやっていることは前期と後期ほとんど同じ。中期だけちょっと違うけど。「生まれてすみません」だからね、この人は。
久世 でも太宰は甘えが見えている。たぶん自覚的にやっているなというのを感じます。その点、三島は無自覚的にやってるのかも。
「心づくしの文学」
久世 中村くんの新刊『惑いの森』、読みました。学生時代に好きだった『夢で会いましょう』を思い出した。村上春樹・糸井重里共著の短編集。二人が交互に書いたショート・ショートで、やっぱりこんなふうに寓話的で。
中村 この本は、読者の方に気軽に、でもしっかりしたものを読んでもらいたいと思って、一つ一つすごく丁寧に書きました。短い中にぎゅっと詰めるために、かなり推敲して。
久世 半分くらい書き下ろしなんだよね。自分の鍛錬や挑戦みたいなところもあったの?
中村 前からこういうことをやってみたかったんです。短いストーリーをたくさん書いて、それが少しずつ緩やかにつながっていて。それから、挿絵も入れた本にして。
久世 じゃあ造本も中村くんの希望なんだ。お洒落な本だよね。きれいな挿絵が入っていて。
中村 僕ももう十年作家をやってきたし、とにかく読んだ人に楽しんでもらおうと思って。太宰も言ってるじゃない、「文学とは心づくしである」と。
久世 そこをたとえにしちゃうあたり、やっぱり太宰が好きなんだ。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年12月号より)
対談はまだまだ続きます。続きは「新刊展望」2012年12月号で!
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対談 中村文則×久世番子『文藝とか文豪のこと』 │ エディターズガイド『暴れん坊本屋さん 完全版』平台の巻&棚の巻
Web新刊展望は、情報誌「新刊展望」の一部を掲載したものです。
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[懐想] 池井戸 潤 日本人と世代論
[対談] 文藝とか文豪のこと 中村文則・久世番子