2012年 12月号
伊東 潤Jun Ito
”豪腕作家”と称されるのは、作風のみならず本人のキャラクターや仕事ぶりも含めて、なのである。毎日午前二時半起床。ときに酸素吸入器で集中力を高めながら、この書斎でノートPCに向かい、執筆する。「必要な事柄をさっと調べてすぐ机に戻れるように」という効率追求の結果、隣り合う和室の床の間を史料専用書庫に改造した。「歴史小説を書く上で最も大変なのは史料の確認作業ですから」。日中は、あえて史料やWebが使えない環境に身を置くため近所のファミリーレストランにも移動し、一気呵成に書き進める。そして夕方には、スポーツジム通いやランニングで心身の健康を保つ。そんな執筆生活だ。
新刊『国を蹴った男』は六編を収めた戦国小説集。コンセプトは「敗者にも一理あり」。「価値観が多様化した現代と違い、戦国時代において勝ち組と負け組を分けたのは、ただ一点。繁栄か滅亡か。しかしそんな中でも、自分の生き様を貫いて悔いのない死を迎えた人たちがいたのではないか」との思いから描いた「敗れざる者たち」の姿である。
『国を蹴った男』には意外にも現代的要素が詰め込まれている。「各編の執筆時に世間を騒がせていた事件や事象を絡めたものがいくつかあります。卑近なところでヒントを得て書いているということですが(笑)、歴史小説は結局、現代の写し鏡なんですね」。次作は、和歌山県太地を舞台にした歴史小説『巨鯨の海』(光文社・来年四月刊行予定)。「長年構想を練ってきた題材。小説が現実社会の問題を解決することはあり得ないとしても、読者がその問題に関心を持ってくれるきっかけになればと思うんです」
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年12月号より)
今月の作品
- 国を蹴った男
- 武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉…。天下に手を伸ばした英雄たちの下、男たちはそれぞれの正念場を迎える。不条理な世を渡る武器は、気骨と果断。利に生きるか、義に死すか。凛然たる戦国短編集。