2012年 6月号
堀川アサコさん 『幻想電氣館』
その昔、映画館は「電氣館」と呼ばれた。明治三十六年、東京・浅草にオープンした日本初の常設映画館が「電氣館」。以後、全国に多くの電氣館が生まれていったのだ。そんな懐かしい単語を冠した小説『幻想電氣館』。ノスタルジックで優しくて、ユーモラスで少しオカルト風味の、チャーミングな物語である。
級友から無視され不登校になってしまった女子高生スミレは、父親の不倫現場を目撃して追いかけるうちに、駅裏商店街にある《ゲルマ電氣館》に迷い込む。映写技師の青年・有働に一目惚れして、電氣館でアルバイトを始めるスミレ。実は彼女の特技は、一人シリトリと「幽霊が見えたりする」ことで、ゲルマ電氣館で上映されるのは『走馬灯』で……。
一年前に刊行された堀川アサコさんの著書『幻想郵便局』は、あの世とこの世の境界に建つ不思議な「郵便局」を舞台に、個性的なキャラクター(人間も幽霊も神様もあり)が賑やかに繰り広げるひと夏の出来事を描いたファンタジー。ちょっと怖くて、でもどこか牧歌的な味わいが印象深い一冊である。その最後の場面で、主人公の友人(ただし人間ではなく怨霊)の《真理子さん》がこんな台詞を残していた。「乙姫市の駅裏にも、似たような場所があるみたい。そこは郵便局じゃなくて映画館なんだけど。─これから行ってみようと思って……」。
その「映画館」こそ、ゲルマ電氣館。『幻想郵便局』からゆるやかに続く物語として書かれたのが、『幻想電氣館』なのである。
相変わらずおひとよしで惚れっぽい幽霊の真理子さん、スミレの大伯母として迫力いっぱいに登場するタマヱ大奥様、さらに郵便局員だったあの人も顔を出すなど、『郵便局』からつながる強力キャラが続々。人の生死にまつわる物語でありながら、怖さや悲しさよりむしろユーモアとほのぼの感が漂うテイストもそのままだ。加えて今作では、スミレのかわいらしい恋と成長も描かれる。
ジャンル分けするなら「ホラーファンタジー」とも言えるのだろうか。「自分では普通のファンタジーのつもりなんですけどね(笑)。みなさん、物語世界の中で楽しく遊んでください!という気持ちで私はいつも書いています。現実ではままならないことがいろいろあっても、小説の中でだけは遊びましょうと。たとえ暗く悲しい話であっても、最後は楽しい気分で本を置けるようなものが書きたいんです」
古きよき時代の空気を懐かしみながら、スミレと一緒に不思議な世界に遊ぶ。読み終えたときには、ほんのり心があたたかく、前向きな気分になれるはずだ。
「追い詰められたときは頑張り過ぎないで、スミレみたいに逃げちゃうのもいいかも。戦うステージを変えてみたり、状況が良くなるまで静かにしていたり。それは悪いことではないから」
そんな著者のメッセージも、この物語の優しさの素だったりする。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年6月号より)








