2012年 5月号
越谷 オサムさん 『くるくるコンパス』
昨年末から今年にかけて、『陽だまりの彼女』(新潮文庫)がベストセラーとなっている越谷オサムさん。甘くピュアな恋愛小説にミステリアスな要素を加味した同作は、若い男女だけでなく、普段このジャンルを手に取らないような中年男性にまで広がりを見せている。最新刊『くるくるコンパス』は、そんな新たな読者層にもマッチする青春小説だ。
カズト、シンヤ、ユーイチの三人は、将棋部に所属する中学三年生。京都・奈良への修学旅行中、班別行動を抜け出し、幼なじみの女の子に会うために大阪まで行って帰ってくるという計画を立てる。とはいえ世慣れぬ中学生のこと、刻一刻と集合時間が迫る中、乗り換え一つにも駅の構内を右往左往し、道頓堀では思わぬ足止めを食うなどトラブル続き。何とか目的を果たすものの、そこで彼らを待ち受けていたのは……。
「執筆当時、甥っ子がちょうど中学三年生で、(作品と)同じ京都、奈良の修学旅行に行ったんです。保護者へのお便りなどを見ていると、最近の修学旅行は危機管理が徹底し過ぎていて、〈旅〉ではないんですね。たとえば置き忘れがないように荷物を前日までに業者さんに預けたり、班別行動はタクシー貸し切りで運転手さんが要所を案内してくれたり、自分たちでしおりや地図を広げて迷うということがない。トラブルの起きようもなくて、これはつまらないなと。僕たちが中学生だった八〇年代半ばはかなりいい加減というか、余白があって、この小説に出てくるような冒険もできたのではないかと思います」
先生への反発や大切な友だちとの友情、同級生の女子とのやりとりなど、男子中学生らしい真っすぐさと微笑ましいエピソードが全編を彩る。「(主人公の)カズトも、お風呂上がりの女子が気になって仕方がなかったり、女子にかっこいいところを見せたいがために男同士の秘密をばらしてしまったり」。そんな、身近で生き生きとした登場人物たちが繰り広げる物語の爽やかさは、まさに越谷作品の真骨頂だ。
とはいえ、「読んでくれた人が自分のこととして受け止められるような小説を書いていきたい」と語る著者だけに、単なるノスタルジーでは終わらないのも本作の読みどころ。「終わりまで書いて、三人にとっては、この修学旅行がその後の人生を方向づけるものになっているんだと気がつきました」。「くるくると回るコンパスの矢印がやがてひとつの方向を指し示すように」、それぞれの胸に刻み込まれた冒険が、彼らの道しるべとなっていく。
〈旅〉の途中で、次から次へと難問が降りかかる彼らに、さりげなく手を差し伸べる大人の存在も印象的だ。誰もが通ってきた季節のまぶしさに目を細めながら、その光が照らし出すのはその先にある現在の〈自分〉。次世代への希望を託したラストとともに、心揺さぶられるエピローグをぜひ味わってほしい。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年5月号より)