2014年 3月号
月村了衛
昭和の刑事、本物の写真集
●某月某日
全日本ミステリー連合の夏合宿にゲストとして招かれる。旅に出る前は、持って行く本を選ぶ時が一番楽しい。今回は『危険がいっぱい』(デイ・キーン ハヤカワ・ミステリ)をチョイス。旅には何と言ってもポケミスが似合う。
宿に着いて夕食後、恒例の古本オー クションを見学。『第八の地獄』(スタンリイ・エレン ハヤカワ・ミステリ文庫)など隠れた名作の数々が驚くべき低価格で出品される。大学ミス研OBで書評家の杉江松恋さん、川出正樹さんがディーラーを務められるが、どの本も実に面白そうに紹介する。さすがプロだと舌を巻く。すっかりアテられてしまい、古書熱が再燃する。
●某月某日
三省堂神保町本店入口前の古本市で『進化した猿たち』『新・進化した猿たち』(星新一 早川書房)を購入。天にシミ・ヤケあるがその他はまあまあ良好で帯付き。中学生の頃、文庫版で全巻持っていたのだが手放してから幾星霜。この歳になって元版で買い直すことになろうとは。
●某月某日
すでに各所で話題になっている『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(春日太一 文藝春秋)発売即購入即読了。私には特に前半が面白かった。春日さんの著書は最初の『時代劇は死なず!京都太秦の「職人」たち』(集英社新書)から全部買っている。間違いなく昨年の映画本のベストだが、映画関連では他に『エンニオ・モリコーネ、自身を語る』(エンニオ・モリコーネ、アントニオ・モンダ 河出書房新社)、『新東宝・大蔵 怪奇とエロスの映画史』(二階堂卓也 洋泉社)も印象深かった。それになんと言っても『BOND ON BOND 007アルティメイトブック』(ロジャー・ムーア スペースシャワーブックス)! 何しろ著者がロジャー・ムーアなので、読んでいると広川太一郎の声で脳内再生されるところがミソ。
●某月某日
『ピュリツァー賞受賞写真全記録』(ハル・ビュエル 日経ナショナルジオグラフィック社)を暫し眺める。歴史、戦争、犯罪、憎悪、愛情、民族、文化、悲惨、そして未来。ありのままの人類がここにある。必携の1冊。
●某月某日
『バーナード嬢曰く。』(施川ユウキ 一迅社)再読。SF読者である作中人物の台詞が絶妙にして痛快。続刊希望。
●某月某日
ミステリマガジン編集長の交代に当たって、前編集長の小塚麻衣子さんにこれまでの感謝を込めて英国伝統のミステリーボードゲーム〈クルード〉の「SHERLOCK」バージョンをお贈りしたところ、お返しに『張り込み日記』(渡部雄吉 roshin books)を戴いた。初版限定1,000部の写真集で、これがもう実に素晴らしい。昭和33年に発生したバラバラ殺人事件を追う2人の刑事にカメラマン渡部雄吉が密着、撮影したもの。後書きでも触れられているが、どういう経緯でそんなことが可能となったのかまったく不明で知る由もない。少なくとも現在では絶対に不可能なコンセプトだ。埋もれていたプリントをイギリス人が2006年に神保町で発見したことをきっかけに、フランスで写真集として出版され、高い評価を受けたという。本書は日本で保管されていたオリジナルのネガによるプリントを使用して再構成したもの。言わば逆輸入の産物だ。古い東京の町並みや昭和の写真集は大好きで見かけるたびについ買ってしまうのだが、こんな途轍もない写真集は見たことがない。聞き込み、張り込み、出張、捜査会議、指紋照合、何しろすべてが本物なのだ。資料としても第一級で、昭和33年の犯罪捜査の空気が凝縮された比類なきリアリティ。すべての写真に心震える。まさにリアル『野良犬』の世界だ。
大の黒澤明ファンだった今は亡き先輩に見せてあげたかったと心から思う。
(日販発行:月刊「新刊展望」2014年3月号より)
今月の作品
- 機龍警察未亡旅団
- チェチェン紛争で家族を失った女だけのテロ組織『黒い未亡人』が日本に潜入した。公安部と合同で捜査に当たる特捜部は、未成年による自爆テロをも辞さぬ彼女たちの戦法に翻弄される…。至近未来警察小説、第4弾。