2011年 10月
逃亡医
知り合いの女性から、「息子の父親を探してほしい」と頼まれた元刑事・鹿川奈月。息子の肝臓移植のドナーになるはずだったその男・佐藤基樹は、心臓外科医でありながら勤務先を無断欠勤し、連絡がつかなくなっているという。わずかな手掛かりをたどり、奈月は佐藤の故郷へと向かうが、たずね当てた佐藤は奈月が追う男とはまったくの別人だった。「佐藤」とは何者なのか。なぜ逃げているのか。孤独な捜査≠フ果てに奈月がたどり着いた結末は─。
仙川環さんの新刊『逃亡医』。医療ミステリーの旗手として注目される著者だけに、「消えた心臓外科医」とくれば背後にどんな医療問題が、と先読みせずにはいられないが、今作のテーマはズバリ「逃げる」話。
「普通に考えると逃げるというのは現実的ではないし、どう考えても捕まるのではないかと思うのですが、それでも人は逃げてしまう。どうしてなのだろうと(その心理に)興味がありました」
東京から埼玉、大阪、そして佐賀へ。佐藤と奈月、それぞれの視点で描かれる逃亡と追跡の旅は、やがてロードムービーのような趣をも見せる。先の見えない展開と、佐藤の独白で次第に明らかになる真相に思わず引き込まれるが、人物造形もストーリーも、はじめから作り込むほうではないのだとか。
「プロットも最後まで組み立ててから書くのではなくて、書いているうちになんとなくまとまってくる。行き当たりばったりという感じです(笑)。自分でも先が見えない、わからないから書く意欲が湧いてくるところがあって、サスペンス性を重視する場合は特に、この人物だったらどうするかなと考えながら書きますね」
登場人物たちと併走するかのように物語が展開していく中、浮かび上がるのは、佐藤と奈月が抱える深い〈孤独〉だ。「人生は人それぞれなのに、なぜ孤独は不幸だと人は決め付けたがるのかが昔から不思議でした。(登場人物たちは)孤独ではあるけれど、不幸ではなさそうだなと読者に思っていただけたらいいですね」。身につまされるようでありながら、それでも人は人との関わりの中で生きていく。そんな思いを改めて抱かせるのも、途上で出会う一人一人に至るまで、人間たちを描出する筆の確かさだろう。
「医療問題だけだったらノンフィクションや新聞を読むのでも十分だと思います。そこに問題意識があるのではなくて、生き方についてのメッセージを小説の中に入れていけたら」。そう語る仙川さんにとって、小説を書くことは「考えること」。「自分の考えを整理した上で書いているのではなくて、書いているうちに〈ああ、こういうことなのか〉とわかる。何かを発見したいのかもしれません」
奈月が、佐藤が、この旅を通して得たものは何だったのか。背筋を伸ばして新たな一歩を踏み出したくなる。そんな疾走感あふれるエンターテインメントの快作だ。
(日販発行:月刊「新刊展望」2011年10月号より)
今月の作品
- 逃亡医
- 肝臓移植のドナーになるはずだった心臓外科医・佐藤基樹が失踪。かつての恋人から捜索を頼まれた元刑事・鹿川奈月は、男の生まれ故郷を訪ねるが…。医療ミステリー界の気鋭が贈るノンストップ・サスペンス。











