【読書週間インタビュー特集】 この作家と、本の話
桜庭一樹『本のおかわりもう一冊 桜庭一樹読書日記』 │ 誉田哲也『幸せの条件』 │ 道尾秀介『ノエル a story of stories』
道尾秀介『ノエル a story of stories』
道尾秀介さんが最新刊『ノエル』で主題に据えたのは〈物語の力〉である。
収められているのは三つの中編小説。故郷での同窓会に向かう絵本作家の卯月圭介は、子どもの頃に書いた物語を思い出す。学校で理不尽な暴力を受けていた中学時代、弥生というクラスメイトと一緒に絵本づくりをした大切な時間があった。彼女とはある事件がきっかけで離れてしまったのだった――(「光の箱」)。小学三年生の莉子には、もうすぐ妹が生まれる。大好きな祖母は病気で、父母の様子はなんだかおかしい。不安な心が絵本の中の物語に救いを求め、やがて莉子は自分の気持ちを話すように、ノートに物語を綴り始める――(「暗がりの子供」)。児童館でおはなし会のボランティアをしている元教師の与沢は、最愛の妻を亡くし、生きる意味を見失う。自ら人生の終幕を引こうと決めたとき、祭り囃子を耳にして甦るのは、幼なじみの妻との思い出と、彼女に語って聞かせた物語だった――(「物語の夕暮れ」)。
ばらばらに点在するかのように見える三編は、実は見事に連なり合い、一つの大きな物語をつくっている。そして各編に複数の「作中作」が組み込まれ、この本の中にはたくさんの物語が詰まっている。「a story of stories」というサブタイトルの意味は、全編を読み通したとき改めて重みを持つのである。
「第一話『光の箱』は、2008年『小説新潮別冊 Story Seller』に書いたもの。特にテーマを与えられたわけではなかったけれど、何か“Story”に絡めたいと考えたときに思い出したのが『リンゴの布ぶくろ』(圭介が子どもの頃に書いた童話という設定の作中作)です。実はこれ、僕が兼業作家時代に自発的に書いたものなんです。昼間は会社員、夜中に小説を書くという生活で、一日二時間くらいしか寝られない状態で、なぜ頼まれもしないのにこんなものを書いたのか(笑)。考えても理由がわからないので、圭介という主人公に託したんです。ここで圭介と弥生のコンビが生まれ、その後第二話、第三話は自分の中でゆっくり温めながら書き継いできました。すべてをつなげて大きな一つの物語にしたいというのは、第一話を書いたときから考えていたことです」
それぞれの主人公たちが生きる現実世界は、理不尽だったり息苦しかったりどうしようもなく悲しかったりする。けれど「物語」の存在が、彼らの人生を変えていくのである。
「自分で書きながら、物語が持つ力の大きさ、強さ、不思議さを改めて感じることにもなりました。でも一方で、物語だけの物語にしたくないという気持ちもありました。現実世界に生きる生身の人間が持つポテンシャルも、しっかり書いておきたかった。それが第三話『物語の夕暮れ』です」
各編に作中作を挿入したのは、「中編小説だからこそ」だという。
「長編、短編、連作、それぞれの形でしかできないことをしたいと、いつも思っています。短編レベルの作中作を入れ込んでいくのは、短編ではもちろんできないわけで。今回は中編連作だけができることに挑戦しました」
張り巡らされた伏線、思い込みを良い意味で裏切られる展開、さまざまな仕掛け。そんな道尾作品の醍醐味も豊富に用意されている。
「“仕掛け”という言葉にすると、トリックに驚いた、みたいなイメージになってしまうけれど、僕はただすべての文章に意味を持たせたいだけなんです。もっともっと意味づけをしてあげたいと考えながら書き進める。それが、自然と伏線になっていく。僕は実人生を真剣に味わっています。人間が好きで、いろいろな人と会って話してお酒を飲んで、たくさんのことを教わったり考えたりしています。そんな現実を超える物語は、きちんと計算してつくられたものしかないと思うんです。せっかく時間と労力を使って活字を追うのなら、実人生を超えていなければ意味がない。だから、すべての文章に意味がある物語を作ろうとしてしまうんですね」
物語の存在意義や意味合いは、昔と比べて変わってしまったのだろうか。現代人にとって、物語はどんな役割を果たすのだろうか……。道尾さんは、本作に込めたメッセージをこう語る。
「僕自身を振り返ってみても、現代人はどんどん忙しくなっている気がします。メールやらツイッターやら、便利になればなるほど、それのためにどんどん時間が食われて、小説を読んでいる暇なんかないよ!という世の中になってしまっている。でもそういう人たちにこそ、この作品を読んでほしい。僕が伝えたかったのは、〈物語はどこにでもあるんだ〉ということ。読んでいただければ、その意味するところがわかってもらえると思います」
圭介の心には、子どもの頃に恩師からもらったこんな言葉が生き続けている。〈物語をつくってみなさい。強くなれるから。つらいことがあっても、きっと平気でいられるから〉〈お話の世界に逃げ込むという意味じゃない。物語の中で、いろんなものを見て、優しさとか強さとか、いろんなものを知って、それからまた帰ってくるんだよ〉。そして、自分で物語をつくれば、きっと望む世界は開けると――。
「人間は誰しも物語の中にいる。でもそれは他人、たとえば会社や世間がつくった物語の中に自分が入れられているんじゃない、自分がつくった物語、主人公は自分なんだ。それに気づけば、きっとその物語の結末は自分の望むほうに近づいてくれると思うんです」
小説を読んでひとときでも救われた気持ちになれれば、それもまた物語の持つ大きな力だ。読書の秋、ぜひとも手にしていただきたい一冊である。
(2012.9.21)
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年11月号より)
桜庭一樹『本のおかわりもう一冊 桜庭一樹読書日記』 │ 誉田哲也『幸せの条件』 │ 道尾秀介『ノエル a story of stories』
Web新刊展望は、情報誌「新刊展望」の一部を掲載したものです。続きは「新刊展望」2012年11月号で!
- 新刊展望 11月号
- 【主な内容】
[懐想] 森 まゆみ 千駄木の漱石
[インタビュー特集] この作家と、本の話 桜庭一樹・誉田哲也・道尾秀介