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2016年 1月号
【特集】名将《真田》の物語を読む
歴史・時代小説の名作にみる知将・真田一族の横顔 / 末國善己(文芸評論家)
大坂冬の陣では、真田丸を築いて徳川の大軍を翻弄し、夏の陣では敵の本陣に突撃して徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めた真田幸村は、江戸の昔から戦国を代表する知将として有名だった。現在も高い人気を誇る幸村だけに、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の主人公に選ばれたのは、必然だったといえる。そこで、幸村が活躍する歴史・時代小説の名作を紹介していきたい。
ブックレビュー掲載書籍

- 『真田幸村』上・下 / 海音寺潮五郎
- 海音寺潮五郎『真田幸村』は、幸村を正面から描いている。武田家の重臣・真田昌幸は、信玄が没し、勝頼が継いだ武田家が周囲を強大な敵に囲まれたことを知り、真田家が生き残るための知略を幸村に授けていく。海音寺は、昌幸と幸村の父子関係に着目しながら幸村の生涯を描いている。幸村の兄・信幸が徳川家に仕え、昌幸と幸村が豊臣家に仕えたのは、徳川、豊臣のどちらが勝利しても、真田家が残るための昌幸の計略だったともいわれるが、海音寺は、この説にも独自の解釈をしていて興味深かった。なお海音寺は、日本の歴史に名を残す名将を紹介する連作集『武将列伝』でも幸村を取り上げており、こちらはスタンダードな幸村を知ることができる。


- 『城塞』上・中・下 / 司馬遼太郎
- 司馬遼太郎『城塞』は、徳川方の間者として大坂城に入った小幡勘兵衛の視点で、大坂の陣を描いている。武田家の旧臣ながら、主家の滅亡後、家康に仕えた勘兵衛に対し、幸村は家康と戦うことを選んだので、二人の人生は対照的。幸村が初めて大坂城で勘兵衛と顔をあわせた時、間者と見抜く場面もある。それだけに、読者も自分ならどちらの武将に共感するかを考えることになるのではないか。幸村の智謀は名将だった父・昌幸に匹敵するが、実戦経験が少ないため作戦案が認められないことも多い。無能な上官に苦渋を飲まされる幸村はせつなく感じられるが、それでも最後まで豊臣家のために戦う姿は清々しい。


- 『軍師二人』 / 司馬遼太郎
- 司馬の短編「軍師二人」(『軍師二人』所収)は、大坂城での幸村の悲哀をクローズアップしている。軍略に優れた幸村と後藤又兵衛は城を出ての一戦を主張するが、文官は籠城を主張。そこで重臣の大野治房が折衷案を示す展開を読むと、対立する意見を二で割る玉虫色の決着が、日本では昔から変わらなかったことがよく分かる。


- 『真田幸村と後藤又兵衛』 / 高橋直樹
- 高橋直樹『真田幸村と後藤又兵衛』も、二人の智将に着目した作品となっている。隠棲していた幸村と、京の遊女屋で用心棒をしていた又兵衛が大坂城に入った。その直後から大坂城では、又兵衛が幸村の家臣を警戒したり、幸村の父・昌幸にそっくりな老人が現れたりと不可解な事件が相次ぐ。こうした謎を通して、今までにない幸村の人物像と、ほかの歴史小説とは異なる大坂の陣が描かれていくので、歴史に詳しい人ほど驚きが大きいように思える。


- 『真田太平記』全12巻 / 池波正太郎
- 真田一族を描くことをライフワークにしていた池波正太郎の大作『真田太平記』にも、幸村が重要な役割で登場する。壺谷又五郎が率いる隠密組織「草の者」を使って情報を集め、乱世をしたたかに渡る真田昌幸の次男として生まれた幸村は、幼い頃から「草の者」のメンバーと親しく交わり、その頭になりたいと父にせがんで叱責されたこともある。幸村と「草の者」のお江の(恋愛といえるか微妙な)関係は、物語を牽引する鍵にもなっている。幸村は、兄の信幸が敵の徳川方についた後も敬愛し、人質として送られた上杉景勝、羽柴秀吉からは愛される真っ直ぐな青年として描かれていた。それだけに、悲劇的な最期は涙なくして読めない。


- 『真田三代』上・下 / 火坂雅志
- 火坂雅志『真田三代』は、武田信玄に仕え、真田家の基礎を固めた幸隆、武田家の滅亡という危機を乗り越え、真田家の独立を守った昌幸、そして幸村に至る真田家三代の系譜をたどっている。火坂は、幼い頃に上杉家へ人質に出された幸村が、上杉家が受け継ぐ「義」の精神に感銘を受けたとする。それ以降、幸村は、過酷な乱世を生き抜くため、「義」など愚民を騙すための方便に過ぎないと断じ、平然と詐術を用いる父とは違った人生を歩むことになる。幸村が、甘酸っぱい初恋や、自分探しを経験しながら、「義」とは何かを模索する場面は、青春小説としても楽しめるはずだ。


- 『決戦!大坂城』 / 木下昌輝
- 木下昌輝「日ノ本一の兵」(『決戦! 大坂城』所収)は、最期まで自分を認めてくれなかった父を見返すため、日本一の武将=家康の首を取ることに執念を燃やす男として真田信繁(幸村)を描いている。戦場での華々しい活躍より、信繁の情念ばかりが印象に残るダークな物語となっていて、信繁がなぜ歴史書には記述のない幸村と呼ばれるようになったのか、の斬新な解釈にも驚かされる。幸村には、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道ら十人の忍者や豪傑(いわゆる真田十勇士)が仕えていたとされる。ここからは十勇士ものを始め、幸村と忍者の関係に着目した作品を見ていきたい。


- 『忍びの者』全5巻 / 村山知義
- 村山知義の全五巻からなる大作『忍びの者』は、十勇士が真田家の隠密組織ヤメヌ組に属する第四巻『忍びの陣』、大坂の陣を活写した第五巻『忍び砦のたたかい』に、幸村と十勇士が登場する。忍者社会には、上忍、中忍、下忍という厳格な身分制度があり、上忍は下忍の命を使い捨てにしていたが、真田家にはこうした階級がなかったとされている。当然ながら、幸村も十勇士に慕われる名将であり、辛酸を舐めてきた忍者たちが、幸村のために命をかける『忍び砦のたたかい』には、深い感動がある。



- 『真田幸村』『猿飛佐助』 / 柴田錬三郎
- 柴田錬三郎の連作集『真田幸村』と『猿飛佐助』は、明治末から大正初期の少年たちを熱狂させ、真田十勇士を世に広めたともいわれている講談速記本・立川文庫の世界を現代風にアレンジした〈柴錬立川文庫〉シリーズの一編。この作品は、武田勝頼の遺児とされる猿飛佐助、外国人の霧隠才蔵、大泥棒・石川五右衛門の息子で美男子の三好清海入道など、十勇士の人物像にひねりが加えられ、癖のある十勇士を束ねる幸村は沈着冷静な策士とされている。これらの設定は、一九七五年から七七年まで放映された柴錬原作のNHK人形劇「真田十勇士」の中でも使われていたので、現在四十代半ばの世代なら、懐かしく感じられるかもしれない。〈柴錬立川文庫〉は、アクロバティックなアクションとエロティシズムを前面に出しながら、宝の争奪戦もあれば、敵を欺く謀略戦もあれば、謎解き重視のミステリーもあるので、娯楽時代小説のあらゆる要素が楽しめる。


- 『真田十勇士』 / 村上元三
- 村上元三『真田十勇士』は、幸村の人柄に惹かれ、武田家の家臣だった穴山梅雪ゆかりの穴山小助、百地三太夫から伊賀の忍術を仕込まれた猿飛佐助、伊賀とはライバルの甲賀忍者の霧隠才蔵、海賊を率いる根津甚八、怪力の三好清海、伊三兄弟ら十勇士が、一人また一人と集まってくるところを描く連作集。一話完結ながら、通して読むと歴史の流れが分かるようになっている構成は、村上が発表した股旅ものの名作『次郎長三国志』を思わせるものがある。


- 『おれは清海入道』 / 東郷隆
- 東郷隆『おれは清海入道』は、十勇士の中では脇役の三好清海入道を主人公にしている。京で傍若無人に振る舞う福島正則に制裁を加えた清海が、面目を潰された正則が送り込む刺客と戦い、伝心月叟(幸村)と出会うまでが描かれる。弱者の味方をする十勇士もののテイストを残しながらも、時代考証に定評のある著者は、虚構や伝説が作り上げた人物像が定着した岩見重太郎、宮本武蔵たちの意外なエピソードを掘り起こす。それを再び物語の中に導入しているので、虚実の被膜を操る手並みに圧倒される。特に宮本武蔵の逸話は面白く、吉川英治『宮本武蔵』のファンは唖然とするはずだ。


- 『真田忍侠記』上・下 / 津本陽
- 津本陽は、デビュー当初は剣道の経験を活かした剣豪小説を書いていたが、次第に歴史小説へとシフトしていった。真田の忍者を主人公にした『真田忍侠記』は、津本が発表した久々の伝奇小説である。物語は、真田家が徳川の大軍に攻められた二回の上田合戦と、大坂冬の陣と夏の陣の四回の合戦を軸に、幸村の命を受け、超能力に近い忍術とゲリラ戦で敵を翻弄する猿飛佐助、霧隠才蔵と、徳川方の忍者・服部半蔵の死闘を描くことで進んでいく。作中で描かれる迫力のアクションは、初期の剣豪小説を思わせるテイストだ。


- 『くノ一忍法帖』 / 山田風太郎
- 最後は、大坂の陣の後日談となっている山田風太郎『くノ一忍法帖』で締めたい。幸村の命令で豊臣秀頼の子供を宿したくノ一が、家康の孫で秀頼の正室だった千姫の侍女として江戸へ入った。それを知った家康は、服部半蔵に密かにくノ一を処分するよう命じる。エロスとバイオレンスに満ちた忍者の暗闘もさることながら、弱者の怨念が歴史を作ったとするラストには、戦慄を覚えるだろう。

評者新刊

- 『小説集 真田幸村』 / 末國善己
- 南原幹雄「太陽を斬る」、海音寺潮五郎「執念谷の物語」、山田風太郎「刑部忍法陣」、柴田錬三郎「曾呂利新左衛門」、菊池寛「真田幸村」、五味康祐「猿飛佐助の死」、井上靖「真田影武者」、池波正太郎「角兵衛狂乱図」収録。真田家の祖・幸隆、その智謀を秀吉に讃えられた昌幸、大坂の陣に真田丸≠死守して家康の心胆寒からしめた幸村。真田三代と彼らに仕えた異能の者たちの戦いを、超豪華作家陣の傑作歴史小説で描き出す

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