2013年 12月号
桜木紫乃著『蛇行する月』
読者の心に希望の灯をともす一冊
「彼女たちの“幸せ”はどこにあるのか?」をテーマに、1年間連載した作品がこのたび単行本となりました。今年7月に『ホテルローヤル』(集英社)で直木賞を受賞した著者の受賞後2作品目でもあります。
「東京に逃げることにしたの」。道立湿原高校を卒業したその年の冬、図書部の仲間だった順子から電話がかかってきた。20も年上の職人と駆け落ちすると聞き、清美は言葉を失う。故郷を捨て、全国を放浪した後、寂れた商店街の端の風呂もない家に順子は住むことに。自らを“幸せ” と言う彼女に、人生の岐路に立つ元部員達は引き寄せられていく─。1984年から2009年まで数年おきに、彼女達のその後が描かれていきます。
青春を過ごした部室から見える、校舎の足もとまで迫る湿原や、頭上を旋回する丹頂鶴、陸上部員より足の速いキタキツネなどの光景は、のどかでどこか懐かしい気持ちにさせられます。てっきり創作だと思っていたところ、母校がモデルであると聞きました。高校や各年代の空気感は、順子達と同じ年に生まれた桜木さんが見てきた世界でもあるのです。
打ち合わせで特に楽しかったのは、まるで桜木さんの中に生きているかのような、登場人物達の話を聞くことでした。もちろん、華やかなフェリー乗務員で順子と6年ぶりに再会して衝撃を受ける桃子も、35歳にして結婚が決まりマリッジブルーになる美菜恵も、和菓子屋の女主人で夫に逃げられた弥生も、部室の景色とは違い架空のものです。けれど、ふと「桃子は、その後どうなったんですか?」と聞いて、すらりとその後の話が出てきた時は、とても驚きました。1人1人が生きているのだ、と感じた出来事です。その中で、駆け落ちをした順子だけは全く予想していないものでした。
“幸せ”はどこにあるのかと問い続けた本書のラストで明らかになる、順子の生き方。1冊を通して描かれた6人+ひとり(順子)の人生が、読む方の心に深い余韻を残す傑作です。
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年12月号より)
今月の作品
- 蛇行する月
- 桜木紫乃
- 高校を卒業したその年の冬、図書部の仲間だった順子から電話があった。20も年上の職人と駆け落ちすると聞き、清美は言葉を失う。人生の岐路に立つ6人の女の運命を変えたのは、ひとりの女の“幸せ”だった…。