2012年 8月号
七尾与史さん 『沈没ホテルとカオスすぎる仲間たち』
『死亡フラグが立ちました!』『ドS刑事』で人気急上昇中。最新刊は、ひと味違った七尾与史ワールドが楽しめるユーモア・ミステリーだ。
タイの首都バンコク。昼は過酷な日差が肌を炙り、夜には燻されるような熱気が体にまとわりつく、熱帯の街。その中心部、大小さまざまな安宿が軒を連ね、世界中からバックパッカーが集まるカオサン通り。淀んだ空気に饐えた臭いと熱帯植物の甘い香りが混じり合うこの場所には、たくさんの「沈没」組─堕落した生活に溺れ、日本の社会に戻ることができなくなった貧乏旅行者たちが生息する。
カオサンでも最底辺のゲストハウス「ミカドホテル」に投宿する七人のバックパッカーと、かわいい人気者女子一人。彼らが、物語の主要登場人物である。日本人バックパッカー殺人事件が起こった数日後、ミカドホテルの住人の一人が部屋で惨殺された。犯人を捜し始める仲間たち。果たして犯人は、仲間のうちの誰かなのか……。
「バンコクを舞台に書きたいと以前から思っていました。タイが好きで、夫婦でよく旅行していたので。タイに行くようになってからバックパッカーの存在を知りました。当時の僕は仕事も家庭も既に持った後だったので、ちょっと憧れましたね。自分も若い頃にやっておけばよかったなと」
ミカドホテルの仲間たちは超個性派揃い、まさに「カオスすぎる」面々だ。貧乏旅行の先駆者的フリーライターであるロクさん、キュートな風貌に似合わず暗黒系電脳オタクのマイコン、ゴルゴ13になりきり男のゴルゴさん、巨漢でゲテモノ食いのチワワさん……。
「ゴルゴさんもチワワさんも日本では嘘っぽくて成り立たないキャラクターだけど、バンコクのゲストハウスなら、いてもおかしくない。日本を舞台にするよりモラルを踏み越えてムチャができるかなという思惑もありました(笑)」
七尾ミステリーの特徴の一つは「毒」の要素だったりする。
「明るくてキャラの立ったユーモア・ミステリーを求められるとしても、自分としては毒がなければ嫌なんです。好きなのはブラックなユーモア。昔から悪ふざけが大好きな人間なので、それが作風にも表れているんでしょうね」
六月に刊行され、ヒット中の『山手線探偵 まわる各駅停車と消えたチワワの謎』は「かわいい、ほっこり系ミステリー」。並べると、今作の趣きはずいぶん異なる。
「今回は、『ドS刑事』みたいな素っ頓狂さを求める方にはもの足りないかも知れないし、死人の数がやたら多い僕のミステリーにしては死人少なめ(笑)。比較的オーソドックス路線です。自分の志向が強く出た作品だと思います」
歯科医の傍ら、夜と昼休みと「予約患者さんがドタキャン」したときに小説を書いている。ミニシアターに足繁く通う映画ファン。作品は常に映像化を意識しているという。七尾与史というミステリー作家、要マークだ。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年8月号より)