2011年 11月
新小岩パラダイス
エンターテインメント小説の新たなクリエイター発掘を目的として創設された「角川春樹小説賞」。長らく休止していた同賞が十年ぶりに復活し、第三回受賞作が決定した。選考委員(北方謙三氏、今野敏氏、角川春樹氏)から「その才能と可能性は抜きん出ている」と高い評価を受けた又井健太さんの「グッバイマネー!」である。『新小岩パラダイス』と改題し、このほど刊行された。
〈正志〉は二十五歳、派遣社員。カメラマンになるのが夢だった。会社が倒産して失業した翌日、同棲中の彼女が貯金を持って失踪─新宿歌舞伎町で自殺を図ろうとしていたところをオカマの泉に助けられる。泉が「家に来なさいよ」と連れていってくれたのは、東京の下町・新小岩にある〈枝豆ハウス〉という名のゲストハウス。国籍も年齢もバラバラで個性豊かな八人が、それぞれの夢を追い、「本日のプチハッピー」を大事にしながら一つ屋根の下で暮らしていた。彼らと共同生活を始めた正志だが、児童養護施設時代の仲間・士郎に誘われ、高給に目がくらんで悪質な詐欺商法に関わっていく。それが枝豆ハウスを巻き込むある事件に発展して…。
金、自由、夢。本当に大切なものは何なのか。そして、幸せな人生とは。そんなテーマを包み込んだ物語は、ハッピーなラストシーンの余韻とともに、あたたかく快い読後感を心に残してくれる。
本作で小説家としてのスタートを切ることになった又井健太さん。その経歴はかなりユニークだ。これまで経てきた職種は20近くに上るという。2008年、勤めていた会社が倒産したとき、小説への挑戦を決意する。
「実家に引きこもるのも後ろめたいので、物価の安いアジアを貧乏旅行しながら、貯金の続く二年を期限にやってみようと。二、三か月で長編を一本書いては海外から実家に原稿データを送りました。母親に頼んで、出力したものを小説賞に応募してもらったんです」
新小岩のゲストハウスには実際に二年間暮らしていたことがある。その経験も活かしつつ、自身の「人生哲学」ともいうべきメッセージを込めてこの物語を紡いだ。
「泉が言うように『人生はやったもん勝ち』(笑)。自分の好きなことを見つけて一生懸命続ければ、きっといいことがあるはず。夢を持つこと、夢に向かって挑戦すること、失敗や挫折を回避せず実際に行動を起こすこと。自分は挫折のオンパレードだったけど、今振り返ると、失敗してももがき続け、動いていたことがよかったと思います。別に会社を辞めようとかフリーターになろうと言いたいわけではないけど、不景気だからとおびえる必要はないと思います」
アジア貧乏旅行から帰国して日本の空港に降り立ったとき、「どよーんと暗い」空気を感じたのだという。そんな日本を「元気にしたい」思いが物語を通して伝わってくる。こんな時代だからこそ読みたい、青春エンターテインメントだ。
(日販発行:月刊「新刊展望」2011年11月号より)
今月の作品
- 新小岩パラダイス
- 派遣元から「倒産」の宣告を受けた翌日、5年間同棲していた彼女は預金通帳とカードを持って姿を消し…。楽園って、どこにある。ハートフルかつコミカルな青春エンターテイナー、登場。第3回角川春樹小説賞受賞作。