2013年 6月号
『金田一秀穂の日本語用例採集帳』
「生きた日本語」の標本箱
国語学者・言語学者のひしめく中で、マスコミから「国語の神様」と称された金田一秀穂氏。しかし、ご本人は仰々しい称号は何処吹く風で、いつも穏やかな笑顔です。クイズ番組で正解が出なくとも飄々としています。
言葉について語るときも、その親しみやすさは変わりません。
『金田一秀穂の日本語用例採集帳』は、国語辞典の編者でもある著者が「辞書に書ききれない思いを綴った」ものです。
「用例」とは、辞典の中で、その言葉の使い方を説明するための使用例のこと。
本書では、身の回りにあふれる日本語の中から、著者が気になった言葉をアトランダムに選んで、40のエッセイがおさめられています。それは、言葉の用例を集めて、吟味している姿そのものです。
ちょっと古風な「あつらえる」「シャボン」、最近流行だという「写経」、若者言葉として「キモイ」「神」、無意識に使っているけれど意味の説明が難しい「は」「が」などなど……。
言葉を使うときの共通認識だとか、気持ちの動きだとか、「フツウの日本人」が無意識におしゃべりするときの心の動きに視点がおかれているから、共感できるし、あるある、と思える事例が続々出てきます。例えば「買い物」。誰もが認める典型的な買い物って何なんでしょう。例えば、「お水の方大丈夫ですか」。大丈夫って、どんなことなんでしょう。
語の歴史に触れたり、文法用語が登場することももちろんあるけれど、それは主役ではありません。気持ちにそぐう言葉を使うために、その言葉の根底にはどんな気持ちが込められているか、そこが主役です。
国語辞典の語釈は短いです。いかに短く、分かりやすい文章にするか、日々腐心しています。でも、その短い語釈が完成されるまでに、多くの人の言葉に対するさまざまな思いが行き交います。その思いを、垣間見ることができるのが本書です。読み終わると、身近な言葉について、自分で考えたような気になれる、そしてもっと考えたい気持ちにさせる。そんな1冊です。
自分だけの用例、集めてみませんか。
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年6月号より)
今月の作品
- 金田一秀穂の日本語用例採集帳
- 金田一秀穂
- 『学研現代新国語辞典』編者・金田一秀穂が、辞典を編む視点で採集した、日本語にまつわる様々な事象を解説した短編集。辞書には載らない、日本語のおもしろさをエッセイ調でつづる。