【対談】 伊東 潤×吉川永青 歴史小説を書いていくこと
歴史解釈とストーリー
吉川 『巨鯨の海』を読ませていただきました。まず第一話「旅刃刺(たびはざし)の仁吉(にきち)」を読み終わった時点で考えたのが、鯨取りというのは職能集団ではなく戦闘集団なんだと。仕事はすべて戦いですが、その中でも特に肉体を駆使した本当の意味での闘いが、鯨取りの仕事には色濃くて。捕鯨シーンはすごく迫力がありました。
伊東 ありがとうございます。作家は自らの強みを見極めることが、とても大事だと思います。僕の場合は、合戦などの躍動感だと思っています。しかし、合戦だけ書いていては読者に飽きられてしまう。他に何か躍動感ある題材はないかと思いました。海の描写も強みの一つだと思っていたので、双方が合致する世界が古式捕鯨の物語だったわけです。さらに、僕の大好きな小説に津本陽さんの『深重(じんじゅう)の海』があります。先行作へのオマージュというか、換骨奪胎して自分の物語として、『深重の海』の世界観を次の世代に伝えていきたいという思いもありました。
吉川 海の話はいいですよね。僕も以前、古代の大航海の話を書きました。小説現代長編新人賞に応募して落選したものですが。この先もっと勉強して力をつけたら、リライトしていきたいと思っています。
伊東 古代というと?
吉川 邪馬台国の頃です。「魏志倭人伝」に邪馬台国への行き方が書かれていますが、女王国の先に黒歯国(くろはこく)があったりして、その場所を辿っていくと現在のサイパン辺り行き着く。ところが黒潮に乗り、アリューシャン海流に乗ってアメリカ大陸をぐるっと回っても一年くらいで行けるという仮説があって、それはおもしろそうだなと。しかし『巨鯨の海』を拝読して、まだまだ僕は勉強が必要だと痛感しました。黒潮は怖いですね。そういうところをもっと勉強しないと、古代の大航海の話を書いても嘘になってしまう。伊東さんは本当に細かいところまでよく調べて書かれていますよね。鯨取りの手順から何から。
伊東 でも書いたのは最低限必要な情報だけです。調べたことを書くだけでは小説にならない。僕は歴史ものを書くにあたって、歴史解釈とストーリーテリングを両立させてきたつもりです。「歴史解釈エンジン」「ストーリーテリングエンジン」と呼んでいますが、その二つを回して今まで作品を書いてきました。今回の作品は、ストーリーテリングエンジンをより使って書いた気がします。
吉川 伊東さんのおっしゃる二つのエンジンのどちらに偏りすぎてもいけないというところはあると思います。史実があっても、ごくごく細かいところの史実とされていることを曲げてストーリーに寄り添わせていかないと、新しいものは紡いでいけないじゃないですか。
伊東 僕は基本的に史実を改変することをやりません。最近の歴史小説の中には、安易に史実を変えたり、史料をよく調べていなかったり、架空の人物を使ってご都合主義の物語を作ったりするものがあって、首をひねることが多くなりました。その点、吉川さんや澤田瞳子さんら新進の本格系歴史小説家の作品は、安心して読み進められます。
吉川 調べた上で、話を回していくためにスポイルしなければいけない細部は結構ある。その結果として、曲げなければいけないところが出てきたときだけに限るように僕はしていますが。ただ、一つ曲げたことで物語が大きく広がることもありますし。
伊東 難しいですね。微細な部分で少し曲げるのは、さじ加減が難しい。曲げたら曲げたで着地点をどうするかが問題です。小さなものでも、いったん曲げてしまうと、後になって大きな矛盾が生じてくることもあります。そんな時、歴史小説の難しさを感じると同時に、歴史というものに対して、常に畏敬の念を持って接していかねばならないと思います。
吉川 何かを曲げたとしても本来の流れに戻さなくてはいけない。そこでどう論理性を構築していくかということでしょうね。
先人に学ぶ
吉川 『巨鯨の海』は、冒頭20ページくらいは入り込むのに結構苦労するところが実はあったんです。方言や鯨取りの基礎知識みたいなものが頭に入ってくるまでは。でもその後はノンストップで読みました。
伊東 「道具出し」と呼んでいますが、最初に最低限の知識を開陳しなければならない。そこで、いかにリーダビリティを上げていくかが勝負ですね。そういう意味では最初の一編に苦労しました。かなり工夫しましたし、文章の推敲もそこに最も力を入れました。
吉川 導入としてすんなり入っていける物語ですよね。
伊東 今回は、そこのところを入念に練ったので、最初の「道具出し」さえクリアすれば、大半の読者は、違和感なく物語世界に溶け込めると思います。
吉川 歴史ものはみんなそうですよね。伊東さんが以前おっしゃっていましたが、読者の知識ゼロを基準に書かなければいけないと。
伊東 しかしそれをすると、説明ばっかりだと言う人もいる。
吉川 しかし説明がないと、置いてきぼりになる人があまりにも多い。それを説明ではなく物語に必要なものとして出しつつ、読者の頭の中に植え付けていくのは結構大変ですよね。
伊東 工夫が必要ですね。今回も情報の持っていき方には難しさを感じました。
吉川 物語の構成で一番すごいと思ったのは第五話「訣別の時」です。文学性も非常に高くて。大人になるというのは、何かを捨てること。そんなテーマが感じられました。また、鯨取りの社会は武士社会と同じように閉鎖的であり、閉鎖的でなければ生まれてこない異常性がある。そんな歪んだ世界の中で純粋であり続けることの難しさ、自分の置かれた状況や世の中を受け容れていく過程で大人になることを、壮絶に描かれていると思いました。
伊東 この作品は、閉鎖された共同体と人というものをテーマにしています。これだけ情報化社会になると、そんなものはすでにないとお思いかもしれませんが、実はそんなことはなくて、企業にいると自然におかしな価値観に染まり、いつしかその企業の価値観が常識だと勘違いするようになります。それだけ現代の日本企業は閉じられており、企業文化という魔物に支配されています。
(2013.4.15)
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年6月号より)
対談はまだまだ続きます。続きは「新刊展望」2013年6月号で!
Web新刊展望は、情報誌「新刊展望」の一部を掲載したものです。
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- 新刊展望 6月号
- 【今月の主な内容】
[まえがき あとがき] 領家子 ボーイミーツガール
[対談] 歴史小説を書いていくこと 伊東 潤・吉川永青








