2012年 8月号
松浦寿輝Hisaki Matsuura
今年三月末、東大教授を退任した。「時間を持て余して屈託するのでは、気が滅入るのでは、などと恐れていたけれど、幸いそんなこともなくのんびり。この生活は性に合っているようです。今後は少し充電しつつ、自由に小説や評論を書いていきたいと思います」
ネズミの親子を主人公にした動物冒険物語『川の光』(二〇〇七年刊)は続編「川の光2 タミーを救え!」が読売新聞で好評連載中だが、短篇集『川の光 外伝』がこのほど刊行された。七つの物語に次々登場する『川の光』の仲間たち、一編ごとに異なる作風、ファンタジーの香り、数々の挿画……『川の光』ファンにうれしい魅力満載。一方、本編未読でも短篇小説の妙味を存分に楽しめる一冊だ。
「動物の物語はとても楽しく書きました。でも軽い気持ちで書いたわけではないんです。自分の中で表現の機会がなく眠っていたような世界や感性を解放できたのは大事なこと。ただ、人間が抱える複雑なものはこの文体、イメージでは表現し得ない。生臭さや醜さも盛り込める小説をまた書いてみたいですね」
『川の光』シリーズの主要キャラクターとしてもおなじみのゴールデン・レトリーバー「タミー」と一緒に、書斎にて。「『川の光』のときは仔犬でしたが、今は六歳を超えて顔の毛も白くなってきたほど。物語にまた出演できてうれしかったんじゃないかな」。執筆は詩、小説、評論とジャンルは様々でも、すべてこのデスクトップPCで行う。「(ジャンルによって)使う脳の部分は少し違うのではないかと。私は結構移り気でもあり、いろいろ書くのが精神の健康にも良いという実感を持っています」
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年8月号より)