【特集】 がんばれ会社員!
インタビュー 池井戸 潤さん『ロスジェネの逆襲』 │ エディターズガイド『ともにがんばりましょう』『花のさくら通り』
会社員小説特集の最初にご紹介するのは、池井戸潤さんの最新刊『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社)。バブル世代の銀行員・半沢直樹を主人公にした『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』(ともに文春文庫)に続く、“オレバブ・シリーズ”の第三弾である。
前二作で、銀行内外の人間や組織によってもたらされる数々の圧力や逆境を、その知恵と勇気で敢然と撥ね返してきた半沢。“オレバブ・シリーズ”は、大小さまざまな理不尽を感じながらも、それを飲み込んで自分の仕事に日々励む読者にとって、まさに胸がすくような小説なのである。
そして今作。舞台は二〇〇四年、東京。入行十七年目の半沢は、東京中央銀行から系列の証券会社に部長として出向中の身である。その東京セントラル証券が、願ってもないビッグビジネスを獲得した。案件は、大手IT企業「電脳雑技集団」による敵対的買収、そのアドバイザー業務だ。ところが、せっかく掴んだ契約は、親会社の銀行に横取りされてしまう。ここで、シリーズおなじみの半沢の決め台詞の登場となる。「――やられたら、倍返しだ」
IT企業の謀略や親会社の横暴に立ち向かう半沢。息詰まるような熾烈な企業買収合戦。そんな読みごたえたっぷりの物語に加えて、『ロスジェネの逆襲』のタイトルが示すとおり、「バブル世代vsロスジェネ世代」という「世代論」が重要なテーマとなっているのも、今作の魅力である。ロスジェネ世代の代表として登場するのは、半沢の部下で証券会社のプロパー社員・森山雅弘と、若き起業家・瀬名洋介。彼らの活躍にも、胸が熱くなる。
ダイナミックな物語展開はシリーズ随一。読後感は、爽快の一言だ。
本作に込めた想いを著者に語っていただいた。
「世代論なんてのは根拠がないってことさ」by半沢直樹
僕自身がバブル世代なんですが、あるとき、バブル世代は“既得権益者”と呼ばれているらしいと聞いた。権益と言えるほどのものがあるのか?と、最初は意味がよくわからなかったんだけど、「頭は悪いし、実力もないのに、大企業に入社していることが権益だ」というんです(笑)。
いや、それはちょっと違うだろうと。バブル世代にも優秀な人はたくさんいるわけで、世代によって優秀だとかダメだとかいうことはあり得ない。そもそもロスト・ジェネレーションと呼ばれる人たちが「自分たちは就職氷河期だったから」と卑屈になったところから出ている話だと思うんです。でも、それも小さな話で。太平洋戦争のとき「天皇陛下万歳」と言って死ななければならない時代に若者だった人は、ロスジェネ世代を見てどう思うか。「いい時代だね」と言うでしょう。だからと言って「お前たちは……」とは言わないでしょうね、きっと。そこに僕は、世代論の無意味さや人間の小ささを感じるわけです。
かつて、イザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』(一九七〇年刊)がベストセラーになってから、「日本人論」が大流行したことがあります。「日本人とは」「日本人的なもの」について多くの人が納得する話がたくさん出てきた。ところが、それらに科学的な根拠はまったくない。世代論もそれと同じだと思うんです。血液型と同じで、レッテル貼りの遊びですよ(笑)。
ただ、レッテルを貼って納得したり、就職氷河期の自分たちを卑下する若者がいることは事実で、彼らはバブル社員を相手に「だからあいつらはバカなんだ」と。でも、僕たち自身もそうだったからわかるけど、若者にとっては上の人たちはみんなバカに見えるんだよね。それは普遍的な現象。そのことに彼らは気づいていないんです。
今までのロスジェネ世代は、年齢的に会社員のピラミッド構造では底辺にいたから、ただ文句を言っていればよかった。それで特に何の反論もされなかったと思います。でも彼らもそろそろ中堅になってきて、あと十年もすれば会社を支える世代となる。そうなると、文句を言っているだけでは始まらないわけです。文句を言うのは誰でもできる。でもそれでは誰も納得しない。ただ、バカだとかダメだとか言うのではなく、ではどうすればよいのか、その答えを見つけなければいけない――自分たちがそんな年代になってきつつあるということに気づくべきなんです。
そういう僕の考えを、半沢のシリーズでストーリーにまぶしてみたのが、この作品です。だから、半沢が部下の森山に、仕事論として世代の話をしてみせるという形になっています。
〈結局、どこまでいっても割を食うのはオレたちロスジェネ世代だ――そう森山は確信した。〉
ロスジェネ世代の人たちがこの話をどんなふうに読むかわからないけど、「オヤジが書いたつまらない戯言だ」と言う人はたぶんいっぱいいるんだろうな(笑)。それはそれで別にいいんです。でも、怒るにしても認めるにしても、なるほどと思うにしてもバカバカしいと思うにしても、何らかの感想が出てきたらおもしろいですね。
この作品は「週刊ダイヤモンド」(2010年8月7日号から2011年10月1日号まで連載)ではかなり人気が高かったんです。読者アンケートの順位は連載が進むにつれて徐々に上がってきて、後半ではずっと三位。一位がその号の第一特集、二位が第二特集で、その次がこの小説だったそうです。終盤ついに特集を抑えて一位になったので、最終回は巻頭に掲載していただきました。「週刊ダイヤモンド」史上初の巻頭小説でしょう。
「週刊ダイヤモンド」のようなビジネス誌の読者は、情報を得ることが目的で雑誌を手にしていると思っていたので、小説がそんなにも読まれるのは正直意外でした。従来の「企業小説」と呼ばれるもの、たとえば高杉良さんの小説などは、イコール情報小説。実際にあった銀行の合併話などを取材し、実名で書けない部分は偽名で補って、事実に基づいた情報をしっかり書くというものだった。小説だけれど、ある意味ではジャーナリズムというか。「週刊ダイヤモンド」の読者ならば、当然そういうものを期待しているのだろうと。それに対して、僕の小説は基本的に嘘話、荒唐無稽なフィクションです。こんな話はあり得ないという物語。それを「週刊ダイヤモンド」の読者が果たして読むのか、連載当初は疑問に思っていました。だからといって迎合するつもりはなかったので、書いてみたわけですが。
「組織と戦うということは要するに目に見える人間と戦うということなんだよ」by半沢直樹
一見、「企業小説」ふうの色をしているけれど、僕が書いているのはあくまでも「人間」です。企業で働く人間が「自分はなぜ仕事をするのか」と意味を問うていく。そういう面では「会社員小説」と言ってよいでしょうね。企業小説には、そういう根本的な疑問がない。あるプロジェクトを完成させるためにあの手この手と頑張るけれど、自分が人として仕事に関わることの意味や、足もとの議論は一切ないんです。もちろんそういう企業小説も一方ではありだとしても、小説とは基本的に人を書くべきものだと僕は思う。「人間」にフォーカスしていきたいんです。
「与えられた仕事に全力を尽くす。それがサラリーマンだろ」「サラリーマンは――いや、サラリーマンだけじゃなくて全ての働く人は、自分を必要とされる場所にいて、そこで活躍するのが一番幸せなんだ。会社の大小なんて関係がない。知名度も。オレたちが追求すべきは看板じゃなく、中味だ」「仕事は客のためにするもんだ。ひいては世の中のためにする。その大原則を忘れたとき、人は自分のためだけに仕事をするようになる。自分のためにした仕事は内向きで、卑屈で、身勝手な都合で、醜く歪んでいく。そういう連中が増えれば、当然組織も腐っていく。組織が腐れば世の中も腐る。わかるか?」――これらの半沢の台詞は、最近僕がよくインタビューで言っていること。ここのところ、仕事論とか仕事で悩んでいるというシチュエーションでのインタビューがとても多いんです。特に、三十代の中堅サラリーマンで目的を失いかけているような人たち。その悩みはかなり深刻になっているということがインタビューを受けてわかってきた。
おそらく何らかの出口や答えを求めている人は多いと思います。それに対する答えを書いたわけではないけれど、物語を書いていく中で僕なりに考えていることをちょっと出してみようかなと。いろいろな登場人物になり代わって物語を進めているのは僕なので、僕自身が仕事について考えなければ書けないですからね。答えにはならないかもしれないけれど、考え方のバリエーションを増やす上では多少の助けになるだろうという気はします。
会社員をやっていると、誰でも不満はいっぱいあると思います。半沢はそこで言いたいことを言う。でもみなさんは、決して半沢の真似をしないようにしてください。みなさんの代わりに半沢が啖呵を切るので(笑)。
このシリーズは、僕自身にとっても娯楽小説です。書いていて心地よいし、たまに半沢と遊ぶ、みたいな感じ。次回はいつ書くかわからないけれど、今度は支店長になった半沢も書いてみたいですね。
(日販発行:月刊「新刊展望」2012年8月号より)
インタビュー 池井戸 潤さん『ロスジェネの逆襲』 │ エディターズガイド『ともにがんばりましょう』『花のさくら通り』
Web新刊展望は、情報誌「新刊展望」の一部を掲載したものです。
全てを読みたい方は「新刊展望 8月号」でお楽しみください!
- 新刊展望 8月号 発売中!
- 【主な内容】
[懐想] 江波戸哲夫 「時々刻々」と切り結ぶ
[特集] がんばれ会社員! 池井戸 潤/平山瑞穂