ことばが紡ぎ出されるとき
声とテクストのあいだ
「ことば」とは何か。「ことば」は単なる情報伝達の手段ではなく,身体に根ざし,時間の中で生成・消滅し,記憶と集団的連帯を形づくる。語られる声の刹那性と,テクストによる固定化・反復可能性との緊張関係をはらみ,我々の意識に刻まれ,魂の在り方に深く関わる。
本書は,哲学,神学,文学,歴史学,言語学,美術史など分野横断的な知を結集し,古典古代から現代に至るヨーロッパ,イスラーム,ビザンツ世界を中心に,ことばが文化の諸形態において果たしてきた創造的営為を,多角的な視座から検討する共同研究の成果である。
第T部では,聖霊論や言語思想を通じて,声が時間的世界に刻印される在り方と,神的なものを伝達する思想的可能性を探究する。第U部では,神の語りかけと応答をめぐる聖書解釈やイスラーム美術の銘文を扱い,神と人をつなぐメディアについて論じる。第V部では,説教や教化文学を取り上げ,声とテクストが錯綜しながら人々を教え導く言語行為の歴史的展開を描き出す。第W部では,儀礼や誓いにおける身体化されたことばが,社会的秩序と紐帯を現前化する力を有していたことを明らかにし,ことばの呪縛力をも考察する。
テクスト論,認識論,表象論,思想史,文化史など多元的なアプローチによる10章の論稿は,有機的に連関し,互いに響き合いながら,ことばの身体性・社会性・歴史性を解き明かしていく。言語文化研究に新たな地平を拓く,刺激に満ちた一冊である。
1 声と風と聖霊――中世における聖霊論の一側面(山内志朗)
2 声の刻印――E. バンヴェニストの言語思想における声とエクリチュールの接近(小野 文)
3 ペルソナ間で対話する神――神-劇(Theo-drama)における旧約文書の活喩法的読解(土橋茂樹)
4 遍在する神の声――イスラーム圏の美術・建築を飾るコーランからの銘文(鎌田由美子)
5 アビンドンのエドマンド『教会の鏡』における読者層――活動的生活と観想的生活をめぐって(松田隆美)
6 錯綜する声とテクスト――15世紀イタリアの説教記録から(大黒俊二)
7 聖女伝を書く説教師――トマ・ド・カンタンプレ(1201-72頃)の声をめぐって(後藤里菜)
8 神学者レジナルド・ピーコックとテクストの声(井口 篤)
9 世界秩序と皇帝理念をよみがえらせる歓呼の記録――10世紀ビザンツ宮廷儀礼に見える「帝国」と諸民族(大月康弘)
10 信じることば,裏切ることば――中世ヨーロッパの挙証することば(岩波敦子)