倫理学講義 第五巻
本講義は著者が名古屋に移ってから,12年にわたる教養科目を中心にした講義の集大成である。著者自身の生の根本に関わる問題意識を直截に展開した内容である。
「自分とは何か」に始まり,自愛と他愛をめぐる「愛」の諸問題,また「他者」や「共感」の問題,さらに「生死」の問題,そしてニヒリズムにも関わる「世界の意味」や「人間的行為」を主導する理性の役割の問題など,全5巻にわたり倫理学の多様な問題群が取り上げられる。
著者の問いが新たな問いを生み,その探究の行程をたどる読者も読み進めるうちに知らず知らず問題を探究し思索することへと誘われる。著者の問題は読者と共有され,探究そのものが読者の喜びになる。読み終えた後も読者の心に問題が課題として残り,さらなる思索へと誘う不思議な体験となろう。人がものを考える,哲学することが,無意識に身体化されるのである。
本巻のT部「世界の意味」では「私」が「世界」に意味を与え,私が世界の源泉である。したがって死は意味を付与した根原が消失し,世界も意味を失う。人の臨終で「世界は無意味」となるが,「私の原点」のさらなる原点はないのか。存在とは何かが問われる。U部「行為と能力」とV部「人間的行為と人間の行為」では,人間が「自己の行為の主」であるがゆえに「人間的行為」が論じられ,自己の行為は意志と理性により支えられる。意志は倫理・道徳に,理性は倫理と現代の先端科学技術に関わる。W部「善のラチオについて」では「共通認識」は対話により,「普遍認識」は真実の経験により成立する。最後の講演「マルタとマリア」ではイエスがこの姉妹をどう見たかを語る。