20世紀前半期ライプツィヒにおけるカール・シュトラウベによるバッハ声楽作品の演奏
「ライプツィヒのバッハ様式」は存在したのか
本書は、二十世紀前半のライプツィヒで聖トーマス教会のカントル(音楽監督)を務めたカール・シュトラウベのバッハ〈カンタータ〉演奏実践を手がかりに、「ライプツィヒのバッハ様式」が実在したのかを探る試みである。礼拝前の「教会音楽」で教会暦に沿ってカンタータ演奏を重ね、さらにラジオ放送へ広げた四カ年計画によって、教会の場から家庭の受信機まで「祈りの時間」を運んだ過程をたどる。残された録音の分析からは、遅めのテンポ設定、節度あるテンポ変化、語りを重んじるレチタティーヴォ、オルガンを核にした通奏低音といった特徴が浮かび上がる。若き日の宗教的真摯さと技術への志向は、後年の「客観性」追求へと連続し、信仰と音響を結ぶ演奏理念として結実したことが示される。影響は直弟子のラミーンやリヒターに及び、のちの受容史にも痕跡を残した。本書は、ロマン主義、新即物主義、歴史的演奏実践のはざまを橋渡しした一つのスタイルを、神話でも賛歌でもなく、録音と資料という証拠から描き出すものである。専門家だけでなく、バッハを「どう聴くか」に関心をもつ読者にも開かれた一冊。