中井久夫集 10
私は精神科医として四十何年かを過ごしてきましたが、患者とは、あるいは患者も含めて不幸な人とは、考え、考え、考え、考えている者だということを言ってもよいだろうと思います。幸福な人とは、明日も今日と同じであってもよいと思っている人のことだという定義を聞いたことがありますが、健康も幸福の一部です。健康な人とは明日も今日と同じであってよいと思っている人です。考えに迫られてはいないでしょう。
これに反して、認知症の方は、どうして簡単なことが思い出せないのか、言葉が出てこないのか、どうして、どうして、どうして、と考えつづけています。これからどうなってゆくのだろうとも。統合失調症の人も、どうしてこうなったのだろう、これからどうなるのだろうと考え、考え、考えています。ガン患者も同じく考えに考えをつづけています。たぶん、子どもの多くも、失恋も含めて不幸な人もです。なぜよりによって私にという理不尽さに、あそこでああしなかったら、こうはならなかったのに、奇跡的に治らないだろうかと。これが悪循環となって、考えが麻痺する人も、堂々巡りをくり返して固定観念になる人も、ストーカーのように自尊心を捨てて不毛な行動に出る人もあるでしょう。
(「認知症の人からみた世界を覗いてみる」2008)