ぼくは手紙を書く
詩集
著者:福富健二
出版社:書肆侃侃房 地方・小出版流通センター
価格:2,000円
発売日:2011年12月
判型:A5/ページ数:101
ISBN:9784863850675
ぼくは手紙を書く
名刺も手帳も財布も
万年筆も本もノートも
ポケットの中に
カバンの中にきちんとある
鏡の前に立てば
鏡の中にはぼくが立っている
はち切れるほど膨らんでいたポケットは萎んでしまい
手にあまるほど重かったカバンは軽くなって
なによりもしなやかだった青年の筋肉は固くなり
みずみずしかった少年の皮膚は乾燥し
髪は白く
それなのに失くしたものがひとつもないなんて
ポケットを裏返しカバンをひっくり返せば
手帳はあちこち痛み名刺はわずか数枚
本は紙魚に汚れ財布は小銭ばかり
ノートの文字はぼやけて
万年筆のインクも残り少ない
鏡の隅まで指で磨けば
鏡の奥にはぼくの抜け殻が蹲っている
やはり多くのものを少しずつ失くしてきたのだ
これまでの道の峠や十字路に
ぼくは手紙を書く
間欠泉の衝動に突き上げられて
手帳のメモ
ノートの文字を頼りに
インクの薄い万年筆で
便箋が文字でびっしり埋まるまで
ぼくは手紙を書く
鏡の奥に蹲っているぼくの抜け殻に宛てて
朝になれば
番地のない手紙は
届けようもなく
机の上に重ねられていくばかりである
しかし手紙を書き終えれば
ぼくのポケットには希望が煌めき
ぼくのカバンには未来が灯って
蹲っているぼくの抜け殻には新鮮な血が脈打ってくる
今ではむしろ
手紙を書くために
ここまで来
ここまで来るために
多くのものを少しずつ失くしてきたように思えるのだ