空が最も青くなる時間
詩集
著者:船田崇
出版社:書肆侃侃房 地方・小出版流通センター
価格:2,000円
発売日:2010年05月
判型:B6/ページ数:167
ISBN:9784863850231
私信
君への手紙を
書くために
夕暮れの斜光の中に
座り込んだのです
風が吹いています
肋骨を肺を汚れた舌を
風が洗っていきます
背中に染みついて
離れない過去までをも
運んでいってくれる
君が知らない
そんな風の優しさ
地平線に押し潰され
夕日は今にも破れそう
雲は幾層にも折り重なり
一度限りの造形を
残照が支えています
これを
血だらけの羊群だとか
天女のはらわただとか
ぎらぎらした脂肪の海だとか
そらに書き付けては
すぐさま
かき消しているぼくは
無力です
このような
大きな時間の劇場では
雲を雲としか呼べず
そこには光と空と
時間があるだけ
君へ送るのは
言葉が失われた
手紙なのでしょうか
木々のシルエットが
魔法使いたちのように
取り囲んでいます
ボールで遊ぶ親子も
帰路につく時間
遊び足りない男の子が
ボールをぽーんと
高く蹴り上げるその瞬間も
鮮やかな影絵になって
そんな美しい風景をぼくは
かつて知りません
もちろんぼく自身も
薄っぺらな影の一枚
でしかなく
見えない電車の音が
通過していきます
成田へ向かう機影が
引っきりなしに
空を切り分けていきます
その前を
二つの鳥影が円やかな
曲線を描いて行く
足下では枯葉たちが
腐食の季節にたえている
すると
だれかのケータイが
突然鳴り響きます
こんなに速度の違う時間たちに
毎日切り刻まれる
そんな時代に生きていて
気が狂わないほうが
おかしいのかもしれませんね
君はだいじょうぶ?
街灯が
一つずつ点っていく
そのたびに
思い出が