片方の手袋
詩集
著者:各務章
出版社:書肆侃侃房 地方・小出版流通センター
価格:2,000円
発売日:2010年06月
判型:B6/ページ数:155
ISBN:9784863850279
ぼくが見たもの
あじさいの花のおくに
ぼくは見る
空に落としていった彼の片方の手袋を
むらさきいろの未明
ぼくの背中をとおりぬけて
ぼくらの約束の場所へ
いち早くかけつけた彼
すぎ去った時は
川面に流すはなびらほどに
はかなくはない
手首にしみる手錠の冷たさを
忘れることのできない人のために
ひとしずくの友情のかげりの中で
ぼくが見たもの
彼が見たもの
それが今朝のあじさいの色だ
一足とびに時間をこえて
炎の闇に飛びこんだ日々
ぼくらの青春の喉仏が神々の硬い扉を
噛みくだくために
直立不動の姿勢からおともなく
大地に倒れこんでいった時
ぼくが受けとめたのは
まだ暖かみのあるひとつの手袋だけだった
彼は未明のやさしい心を
手袋の中にのこしたに違いない
香りこそたきこんではいなかったが
それは柔らかいけもののぬくみのように
冷たい空の中へゆっくり落ちつづけていった
そしてぼくは生きた