[BOOKデータベースより]
開戦でラジオが変わった!「絶叫調」ニュース、軍人の「講演」、士気を高揚する「国民合唱」が放送の柱となった。国策の下に苦闘する「放送人」の姿。
序章 開戦(“ラジオの前にお集り下さい”;情報局による放送指導・監督 ほか)
第1章 放送局員が綴る太平洋戦争下の放送(苦悩する番組企画;ニュース放送が戦時下放送の中核となる ほか)
第2章 太平洋戦争が生んだ放送番組「国民合唱」(「国民合唱」の眼目は“国民全部が歌える”;『週報』に「国民合唱」の楽譜を掲載 ほか)
第3章 「海ゆかば」の軌跡―「協調」から「決意」、「讃仰」そして「鎮魂」へ(信時潔作曲「海ゆかば」の誕生;「協調」のための楽曲「海ゆかば」 ほか)
終章 終戦(鈴木内閣に下村宏が情報局総裁就任;「終戦の詔書」の録音 ほか)
開戦でラジオが変わった。「絶叫調」ニュース、軍人の「講演」、士気を高揚する「国民合唱」が放送の柱に…。戦時のラジオ放送を体験した著者が、国策の下に苦闘する「放送人」の姿や、「海ゆかば」の軌跡などを綴る。
この商品をご覧のお客様は、こんな商品もチェックしています。
- 私だったかもしれない ある赤軍派女性兵士の25年
-
価格:2,200円(本体2,000円+税)
【2022年06月発売】

























1941年12月8日午前7時の大本営発表から45年8月15日正午の玉音放送まで、国民はその戦争をラジオ放送でどう知らされたのか。元締めの逓信省から内閣情報局の統制下に移され、放送内容の指導・監督を受けることになった放送局は、国家の意思を伝えるメディアとして機能させられる。中継・録音放送の飛躍的発展、ニュース放送が中核となるなかで、士気を鼓舞する目的で生まれた番組「国民合唱」が果たした役割や、悲報の序曲「海ゆかば」の誕生など、戦争下の政府が放送にどうかかわったか、資料に基づいて解説している。