2014年 5月号
樋口直哉Naoya Higuchi
作家で料理人。仕事の割合は「半々くらい」。小説の執筆は主に午前中、自宅で。「コックコートを着ると料理人モードになります」。この日は都内のキッチンスタジオで、缶詰ブイヤベースの製品開発と撮影用料理の仕事に臨んだ。「自分のキッチンを持たない料理人なんです。テレビ番組用の料理を手掛けたり、生産者の方たちと現地で一緒に食材の商品化や売り方を研究したり。レストランで料理を作って出すよりは裏方仕事に近いかな」
『スープの国のお姫様』は著者初の料理小説。これまで「料理をモチーフにした小説は書かない」と決めてきた。その意を翻したのは、料理の仕事で東日本大震災の被災地を回り、伝えたい「想い」が生まれたから。そうして書かれたのは、スープのように心を温め、前を向いて歩くための希望をくれる物語である。
謎解きと料理の薀蓄もたっぷり楽しめる。ポタージュ・ボンファム、ビールのスープ、偽ウミガメのスープなど、登場するスープは「材料から調理工程まで綿密に書いたので、再現できます」。なんとも美味しい小説だ。
初めて小説を書いたのは約10年前。「当時は自分でお店をやっていて。夜の営業の後にキッチンで伝票を打ち込んでいたとき、思い立って書き始めたんです」。それがデビュー作となった。「料理と小説は使う筋肉が異なる感じです。料理をつくるには瞬発力が必要で、食べるのも一瞬です。小説は読むのも書くのも時間がかかります。短距離走とマラソンみたいな違いです。でも、料理も小説も同じように記憶に残る。速度の違いはありますが、どちらも想いを伝えるためには良い方法だと思います」
(日販発行:月刊「新刊展望」2014年5月号より)
今月の作品
- スープの国のお姫様
- 元料理人の「僕」は、奇妙な仕事を紹介される。それは、古い屋敷で、ひとり暮らしの高齢のマダムのために、毎晩1杯のスープを作ること。報酬は破格だった…。現役料理人が描く希望と再生の物語。