2014年 5月号
西澤保彦
著作60冊目の節目
最新刊『探偵が腕貫を外すとき』(実業之日本社)に収録されている第3話「どこまでも停められて」に、蘇甲くんという櫃洗大の学生が登場する。腕貫さんこと腕貫探偵に相談を持ちかける悩める主役、速水本一郎が経営する書店でアルバイトをしているという、ほんの脇役で、出番も少ないが、実は彼、〈腕貫探偵シリーズ〉第一集『腕貫探偵』(実業之日本社文庫)の記念すべき第1話「腕貫探偵登場」で主役を務めた蘇甲純也くんなのである。
「腕貫探偵登場」が〈月刊ジェイ・ノベル〉に掲載されたのは2002年7月号誌上。あれから12年も経ったのに、蘇甲くんは未だに大学生のままだ。『腕貫探偵』には読み切り短篇が全部で7篇、収録されているが、その最終話「明日を覗く窓」(ジェイ・ノベル掲載は2005年6月号)で蘇甲くんは再び登場する。そして秘かに憧れていた女子大生、筑摩地葉子と両想いになることを暗示して物語は終わる。実はわたしは、このラストを「腕貫探偵登場」を執筆したときから、すでに決めていた。
筑摩地葉子は「腕貫探偵登場」ではほとんど名前のみの出演だが、続く第2話「恋よりほかに死するものなし」では腕貫さんに相談を持ちかける主役を務めている。そして第4話「喪失の扉」では蘇甲くんとともに、それぞれ別々のシーンで脇役として登場している。この配置からも明らかなように、わたしはずっとこの蘇甲くんと葉子さんが、めでたくハッピーエンドを迎えるという、ただその1点のみを目指して〈腕貫探偵シリーズ〉を書き続けていた、といっても過言ではない。従って、そもそも本シリーズは『腕貫探偵』1冊で終了するはずだったのである。
それが第2集『腕貫探偵、残業中』、番外篇『必然という名の偶然』、書き下ろし長編『モラトリアム・シアター produced by腕貫探偵』(いずれも実業之日本社文庫)と続々と刊行されたのは、わたしが打ち止めにしようとするたびに、歴代の担当編集者さんたちが当方の創作意欲を刺激する、秀逸な助言をしてくださったからである。例えば、第2集のタイトルを、時間外勤務の趣向ということで『残業中』としたのは3代目の担当Oさんのアイデアだし、今回の『探偵が腕貫を外すとき』というタイトルも「腕貫さんとユリエの関係萌え」を公言する4代目の担当、Uさんのアドバイスによるものだ。
1冊で終了するはずだった〈腕貫探偵シリーズ〉の5冊目に、記念すべき第1集、第1話の主役、蘇甲くんをこっそり登場させたのは、ひょっとしたら作者として気持ちをリセットしたい、みたいな心理が働いたのかもしれない。そういえばこの『探偵が腕貫を外すとき』で、わたしの著作もちょうど60冊目を数える。来年、2015年には、職業作家として20周年を迎えることになるわけで、ちょっと遠い眼になってしまうのでした。
(日販発行:月刊「新刊展望」2014年5月号より)