2014年 5月号
湊 かなえさん 『豆の上で眠る』
こんな童話をご存じだろうか。〈本当のお姫さま〉を探し求める王子さまの前に、嵐の夜、1人の少女が現れる。自分は本当のお姫さまだという少女の言葉を確かめるため、王妃はベッドに1粒のえんどう豆を置き、その上に何十枚と布団を重ねて、少女を寝かせる。朝になり、王妃がよく眠れたかと訊ねると、少女は何か固いものが身体に当たり、眠れなかったと答えた─。
『豆の上で眠る』は、このアンデルセン童話「えんどうまめの上にねたおひめさま」をモチーフにしたミステリーだ。
13年前、神社の裏山で共に遊んだ帰り道、1人先に帰った8歳の姉・万佑子が忽然と姿を消した。2年後、記憶を失い戻ってきた姉に、妹の結衣子は強い違和感を覚える。「あの子は本物の万佑子ちゃんなのだろうか」。大学生の今も、疑念を抱く結衣子の脳裏に染み出す、大好きだった姉との思い出と事件の記憶。母の見舞いに帰省した結衣子は、真実を隠す覆いを1枚1枚剥ぎ取りながら、豆粒のようにしこったままの、違和感の核心へと近づいていく。
著者自身も、4歳下の妹を持つ2人姉妹。妹は、大人になったいまでは共通の思い出を一緒に振り返ることのできる「ありがたい存在」だが、「子どもの頃は、親に当たり前のように『仲良くするんだよ』と言われても、〈たまたま同じ家に生まれた人〉という気持ち」だった。
「子どもが行方不明になったら、親はすべてをなげうってその子を探すでしょう。子どもにとっても親は、その人なくしては自分がこの世に存在しなかった、特別な存在。ならば姉妹はお互いのためにどこまでできるのか、主人公である結衣子をとことん追い詰めながら、考えてみたかったんです」
渦中にいながら肝心なことは教えてもらえない。そんな子ども時代の結衣子の視点から見ることで、物語はさらに謎を深めていく。母親に姉探しをさせられ、小さな町で周囲との溝は広がるばかり。姉が見つかった後も、自分だけが彼女を受け入れられず、結衣子は「本物」の万佑子にこだわり続ける。しかし「本物」とは、人と人のつながりとは何なのか。それが、姉妹の葛藤を通して描かれる、もう1つのテーマでもある。
誰もが大事な人のため、必死になった結果が生んだすれ違い。すべてが明らかになったとき、その思いが改めて胸に迫る、人物造形の奥深さも本作の魅力だ。執筆時には、どの登場人物に対しても、行動の意味と心情に思いを馳せるという湊さん。それが書き手の楽しみであり、「読者の読む楽しみにつながるのでは。(本作も)置かれた環境や家族の構成によって、共感できる人物が変わってくると思います」。
失踪事件の真相に迫る、ミステリーとしてのおもしろさもたっぷり。「ハラハラドキドキを楽しみながら、本物のつながりとは何なのか、考えながら読んでいただけるとうれしいですね」
(日販発行:月刊「新刊展望」2014年5月号より)