2013年 8月号
『良寛物語 手毬と鉢の子』
大人におすすめの愛おしい伝記
著者の新美南吉は愛知県半田市の出身。地元新聞社として、今年7月30日の生誕100年を記念し、『良寛物語 手毬と鉢の子』を発刊することになりました。
南吉の生涯における最長篇を、現代かな遣いに直すのは時間を要する作業でしたが、南吉の優しく美しい文章をキーボードに打ち込む幸せはこのうえなく、ついつい夜更かししてしまう日々─。南吉は少年少女を対象に本作を書いていますが、読み込むほどに現代の大人にこそ読んでほしい作品だと確信しました。幼少時代の良寛が母の故郷の子守唄を懸命に覚え、歌って聞かせてあげる話など、愛おしいエピソードの数々に胸をきゅっと掴まれます。
特に、世のために大きなことを成し遂げたいと願い苦悩する青年期は、共感する方も多いのではないでしょうか。大願成就のため清へ渡ろうとするも、目の前で船が出港してしまい、絶望した良寛は、出島の寺から鳴り出す鐘の音色に救われます。
─それは丘の上の夕もやの中から、微かにのぼってきて良寛さんの耳にとまった。清純な美しい物音。まるで春の陽ざしの中をとんでくる蜜蜂の羽音のように。
その小さい物音は、小さい生き物のようだった。人の心に安らぎと幸福をわかちあたえながら、あちらこちらと飛んでゆく─。
そうして良寛は自分と素直に向き合い、人間らしい&驍轤オを山奥の庵で送るようになります。
本書は勿論子どもにもおすすめ。巻末には南吉の幼年童話『デンデンムシノカナシミ』を収録しました。もうすぐ2歳になる筆者の娘は「ででむし、ででむしー」と、読み聞かせを毎晩ねだるようになりました。内容はよく理解できていないと思います。それでも子どもをひきつける、南吉の文章の力を感じています。
初版本の装丁のレトロな可愛らしさに惚れ込み、雰囲気を活かした本に仕上げました。そちらにもご注目ください。
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年8月号より)
今月の作品
- 良寛物語 手毬と鉢の子
- 新美南吉
- ひとはだれもひとりぼっちではいられない…。春の陽だまりのように生きた僧侶・良寛の人生を温かく綴った、新美南吉の知られざる初出版作品。現代の大人にこそ読んでほしい、少年少女のための伝記物語。