2013年 8月号
逢坂 剛さん 『バックストリート』
逢坂剛さんの「分身」ともいうべきキャラクター〈岡坂神策〉。彼を主人公としたシリーズの最新刊である。
現代調査研究所所長・岡坂神策の住居兼仕事場があるのは、日本一の古書店街で知られる神保町にほど近い、お茶の水。岡坂は、同じマンションに事務所を構える弁護士・桂本の誘いで、近所に開店したタブラオ(フラメンコのライブハウス兼レストラン)へと出かけた。そこで知り合った女性の一人が、神成真理亜。祖父母がスペイン人とドイツ人という美貌のバイラオーラ(フラメンコダンサー)である。帰路、岡坂は何者かに尾行される。その夜から岡坂が関わることになった事件。そこには、真理亜の血とドイツ現代史とが複雑に絡み合う背景があった─。
従来の〈岡坂シリーズ〉同様、「自分の興味や好みをストレートに出した、甚だ趣味的な小説」だという本作。物語に密接なつながりを持つのは、「フラメンコ」「スペイン現代史」「ドイツ・ロマン派文学」といった題材だ。それらに対する逢坂さんの造詣の深さは、よく知られるところ。作中、岡坂の身体を借りる形で薀蓄を傾ける逢坂さんから、読者はヨーロッパ現代史や文学に関する新しい知識がもらえるというわけである。
一方で、現実とリンクするかのようにタイムリーな医学的問題も次第に姿を現し、社会の動きを先読みして書かれた作品なのかとも思えてくる。加速しながら進展していくストーリーは、間違いなく極上のエンターテインメント。物語に身を委ね、読書の愉楽を存分に味わえる長編小説である。
『バックストリート』というタイトルには、「お茶の水、神保町界隈の裏道までご案内します」の想いが込められているという。逢坂さんが愛してやまないこの街が、もうひとつの主役でもある。
「土地勘のある人なら、よりおもしろく読んでもらえるんじゃないかな。実在の店もたくさん出てくるし。うまい食べ物屋として登場するのは、ほぼそのままです(笑)。神保町のことを知らない人がこの小説で、おもしろそうな街だと思って来てくれれば、私もありがたい。愛着のある街ですから」
神保町には、専業作家となった16年前に仕事場を構え、自宅から電車で毎朝「通勤」している。
「お茶の水にあった頃の中央大学を卒業して、神田錦町に本社があった博報堂に31年3か月勤めた。だから、この街にはもうかれこれ半世紀以上通っているわけです。古本屋はたくさんあるし、大きな新刊書店もある。ほかの街にはない、神保町文化みたいなものをなんとか伝えたいんです」
昼どきには街で食事をし、古書店をまわる。執筆中に資料が必要となれば、またすぐ探しに出る。
「簡単なことならインターネットで調べることもあるけど、ネットの情報は当てにならないから。街へ出て古本屋でしっかりした活字の本を調べないと。この街そのものが、私の書斎みたいなものですよ(笑)」
(日販発行:月刊「新刊展望」2013年8月号より)
今月の作品
- バックストリート
- 美貌のフラメンコのバイラオーラ神成真里亜。彼女に迫る罠の裏側には、彼女の「血」とドイツ現代史との迷宮があった…。岡坂神策は、常軌を逸した不可解な企みの罠から、彼女を救えるか。岡坂神策シリーズの快作。