2011年 9月
幅書店の88冊 あとは血となれ、肉となれ。
国立新美術館のミュージアム ショップや、新宿のブルックリン パーラーなど、「本」をツールに 「誰かが本と出会うための環境づくり」に力を注ぐブックディレクター・幅允孝さん。『幅書店の88冊』は、その幅さんが初めて著した「本を紹介する本」だ。
以前から執筆の依頼は受けていたものの、「(文章を)書くのは苦手」。それが、三月十一日の東日本大震災の日、帰宅後初めて「締め切りもないのに」本書収録のカート・ヴォネガット『追憶のハルマゲドン』の紹介文を書いたという。「ああいった状況の中では、自分には本をすすめることしか出来ない。自分の持ち場で出来ることをやるしかないと思いました」
取り上げた八十八冊は、小説はもちろん詩集やコミック、写真集をはじめとするアートブックなど、彼がつくる本棚と同じく多種多様。セグメント(区分)にとらわれず、本をフラットに扱う幅さんならではのスタンスだ。紹介の仕方も書籍を使ったアートワークをカラーで掲載したり、レイアウトに変化を加えたりと、既存のブックガイドとは一味違ったスタイルを試みている。「僕は書評家でも研究者でもないので、本をすすめる時のタブーや手法がない。だから、その一冊を手に取ってもらえるなら、なんでもします!というスタンスです。知らない本を手にとってページをめくる、その行為を促すためには、ビジュアルの力を使ったり、引用でたっぷり読ませてもいいのではないかと。本を好きな人にはもちろん、そうでない人にも届くといいなという工夫はちりばめたつもりです」
「数多ある素敵な本に感動するのが自分の仕事。その感動をなるべく熱いままに届けたい」。その思いを体現すべく、「自分の文章との合致も含めて、この本をすすめるならこの見開きを見せたいといった、その本のハイライトがあります。それを本のデザイナーと相談しながら、写真もその場で自分たちで撮るし、イラストもイラストレーターに目の前で描いてもらう。セッションのようにぎゅっと凝縮して作ったところがおもしろかったですね」
「いまは、来週の会議で発表があるから新書を読んでキーワードになるものを探そうといった、答えを得るために読書をする人も多い。そういう切迫感から自由になるのって、とても爽快なはず。千人いたら千通りの読み方がある、その余白の大きさが本のいいところです。もっと自分の生活をおもしろく楽しくするために、感じるままに自分の中にとり入れて、うまく本を使いこなしてほしいですね」
「本は、いまなお続く危機的状況においても即効性があるものではないですが、特に震災以降、本ならではの〈遅効性〉が見直されてきていると思います」。それは、「本を読むことによって備わる、自分の中の〈抽き出し〉のようなもの」。本をいかに自分の血肉として取り込むか。本を楽しむ達人ならではのメッセージが、読書をもっと豊かに、自由にしてくれるはずだ。
(日販発行:月刊「新刊展望」2011年9月号より)
今月の作品
- 幅書店の88冊 あとは血となれ、肉となれ。
- 今読むべき小説、エッセイ、写真集、マンガ…。ブックディレクターとして活躍中の著者が贈る、88冊のとっておきの本。ただの書評ではなく、ビジュアルも含めた新しい書評の在り方を探求する1冊。